A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・後編(7/12) -



「何か貴方様に関する重要な事を申し上げにきた筈なのですが………このモース、ちと忙しすぎましたかな。内容が思い出せなくなってしまいました」

「それってボケただけなんじゃ……」

「カンタビレよ、何か申したか?」



ボソリと呟いたカンタビレにモースがギロリと睨みつけると、彼女は「いえ何も」と軽くかわしていた。

そこでふと、イオンは先程のトゥナロの言葉を思い出した。



「モース」



呼びかければモースはこちらを見る。そんな彼に質問をしてみた。



「僕の側近は誰でした?」

「イオン様、揶揄わないで下さい。貴方様の側近となる導師守護役はイオン様自身が選ばれたのでしょう。初めはアリエッタ以外の導師守護役はいらない、などと仰った貴方様にご納得頂く為に私めらがどれだけ苦労した事か……」



モースはそう言って疲れたように肩を落とす。しかしイオンはその回答に違和感を覚えた。



「導師守護役については確かにそう言いましたね。非常に不満はありますが、もう数名組み込む事に同意もしました。………けど、彼女達以外にもいませんでしたっけ?」

「…………?」



モースはイオンの言葉の意味を考えていた。暫くその状態が続いたかと思えば、途端にハッとしたように前のめりになって両手を机に置いた。



「そう……そうです! そうだ彼奴だ!」

「うるさ」



思わず本音が漏れるが、モースはそれどころではないらしく「イオン様!」なんて大声を上げる。



「あのこじ……じゃなくて、貴方様が推薦したあのトゥナロとか言う少年です! やはりアレを側近にだなんて私は反対ですぞ!」



どうやら本気で忘れていたらしく、モースは水を得た魚のようにぐだぐだと文句を垂れる。



「彼の事は会議で決まりました。それに身元はカンタビレが一先ず持ってくれる事になっていますし、彼女が訓練監督となるのなら、これ以上に心強い事はないでしょう」

「ですが私はやはり心配にございます! 導師になられたとは言え、世間から見ても貴方様はまだ幼い。年が近いと言う理由で何でも受け入れられては………何かあってからでは遅いのですぞ!」



彼の言いたい事はわからないでもない。しかし、この話は今までも散々に聞かされてきたし、良い加減うんざりとしていた。

その時、視界の端で佇んでいたトゥナロが静かに動き出した。彼は気配を殺してモースの背後に立つと、



「大詠師さんよォ」

「っ、うわあああっ!?」



急に話しかけられてモースは飛び上がらん勢いで驚いた。それから勢い良く己の背後を振り返り、それからキッとトゥナロを見下ろした。



「き、貴様いたのか!? いきなり背後に立つんじゃない!」

「そんな事より、これ落としたぜ」



モースの怒りなどまるで気にした様子はなく、トゥナロはマイペースに彼の目の前に何かを握った手を出す。その行動に人間の本能なのか、反射的にモースが手を伸ばした。

その瞬間、トゥナロは素早く差し出していた手の平を開いてモースの手首を取った。それにモースが驚くよりも更に早く、トゥナロは口を開く。



「───トロイメライ」



そんな言葉が聞こえたな、と思った時にはトゥナロは既にモースから手を離し、また部屋の隅へと戻って行った。対してモースは暫く呆然と虚空を見つめていたが、直ぐにハッとしてこちらを見た。



「あ、………あぁ、えーと…………何でしたかな?」

「は?」



何を言っているんだコイツは。言葉にはしなかったが、そんな態度は隠せずに目の前の男を見ていると、カンタビレがモースの肩を叩いた。



「来月からの人事リストを届けに来たのでしょう。最近、導師が代替わりした関係で忙しかったですからね。大詠師もお疲れのようですし、一先ず休まれてはどうです?」

「う、うむ……」



何だか煮え切らない様子はあるが、心当たりもあるのか、カンタビレの言葉に珍しく素直に頷いたモースは「そうさせてもらいましょう」と部屋を後にした。

バタン、と扉が閉まり、部屋の中に静寂が訪れる。



「……………それで、」



と、口を開いたのはカンタビレだった。彼女の視線は部屋の隅で呑気に耳に指を突っ込んでいるトゥナロへと向けられている。



「どう言う事か、説明してもらおうじゃないか」



それからトゥナロは自身の持つ特殊な力について知っている限りの事を話していた。

どうやら彼は記憶に作用する操作が簡単ながらに出来る、と言う事らしい。他人の記憶を見たり、一部分の記憶を切り取ったり……だから彼がさっき言っていた【認識阻害】と言うのも、己に能力を使って自身に関する記憶を他者から切り取っているのだと言う。

いつから、そして何故そんな事が出来るのか。そんな問いに彼はこう答えていた。



「オレが”ここに来る”直前、からだと思う。何故かは………そんなのオレが知りたいくらいだよ。───でも」



もしかしたら、その力自体がオレを生かしているのかも知れないな。

───なんて、やっぱりコイツの言っている事はさっぱり理解出来そうになかった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







トゥナロの意外な能力が発覚してから、更に数年が経った。今では導師としての仕事もすっかりと慣れたもので、手の抜き方もまた上達していた(大人達は悲鳴を上げていたが)

身長も伸びて、我ながら細身だが筋肉が付きやすい体質のようで、歳の割には体格は大きい方だとも思う。ちゃんと鍛えればそれなりに無術とかも出来たのかも知れない。
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