A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・後編(6/12) -



そんなイオンの言葉にトゥナロが甲冑を押し合う手をそのままにこちらを向いた。



「だってこんっな息が詰まりそうなモンつけて動けるかっての! しかも大人用だぞこれ!?」

「中身も見た目もガキ同然だけど、合うサイズがないんだから仕方がないだろう! ただでさえお前の存在は騎士団内では極秘扱いなんだから我慢しな!」

「極秘とか今更すぎだろうが! ここ来てからしょっちゅう歩き回ってンだぞ!?」

「だからだよ!!」



……………。



ダンッ、と握っていたペンを机に叩きつけると二人は口を閉ざした。



「こんな事で態々”命令”なんてしたくないんだけど?」



僕がさっき言った意味、わかる?

そう言って哀れな信者達の大好きな笑みを浮かべてやれば、途端に気味悪がられた(やっぱり失礼過ぎる)。それからトゥナロは罰が悪そうに「悪かった」と素直に謝り、カンタビレもまた「お騒がせして申し訳ありません」と言って、それからトゥナロを睨みつけた。



「だけどねトゥナロ。真面目な話、お前は異例中の異例なんだ。導師であるイオン様の側近となれるのは導師守護役だけ。男であるお前がその役に就く事は出来ない中で、イオン様の推薦で本来ならば踏まなければならない手順を後に回して側に就かせるなんて事になったんだ。今後は兵士となる為の訓練と勉学を同時に進めなければならないにしても、軍学校すら出ていない身元不明の子供がそのまま導師の側近だなんて許されないんだよ」

「いや、別にそこまでの待遇を望んでたわけでもねーンだけど」



なんて宣うトゥナロにカンタビレが人でも殺しそうな目線を向けた事でそれ以上の戯言を黙せる。しかしカンタビレの言う事は尤もで、最短で彼を側に置くにはこうするしかなかった。特にモースはやはりと言うべきか最後まで反対をしていたし、最終的にはヴァンがこちら側についてくれなければ正直難しかったのだと思う。

たかが話し相手を作るだけに、なんて思われているのかも知れない。しかし、この数ヶ月で彼についてとんでもない事実を知ってしまったが為に、イオンとしても、そしてヴァンとしても下手に捨て置くわけにはいかなくなってしまったのだ。

その事実とは、トゥナロには預言が存在しない……と言う事(因みにこの事はモースは知らない)。この世界に住まう者達にとって、預言が存在しない者などいない。しかし彼に関する如何なる預言を調べたところで、一切として出てくることがなかったのだ。そんな奴が預言を信仰している教団やら騎士団に所属など、前代未聞どころの話ではない。



(まぁ、それ以前にコイツを揶揄うの自体は面白いから良いんだけどね)



しかし、このまま素顔を晒したままと言うのもやはり問題が出てくるのは確かだ。トゥナロには悪いが、暫くは顔を隠してもらわなければならないだろう。

そんな事を考えていると、トゥナロが「あのさ」と先程までとは打って変わって落ち着いた声を上げた。



「あんた達がそんな神経質にならなくても、何とかなる………と、思うぜ」

「どう言うこと?」

「顔を隠せって言うか、要するにオレの存在が他人に認知されなければ良いンだろ」

「まぁ、それが出来れば一番だろうけど……」



しかしそれは諜報員だとか、俗に言う暗部の人間がやるような事だ。少なくとも、目の前の何の経験もないような奴が訓練もなしに出来るような事じゃない。カンタビレも同じ事を思ったのか、「そんな簡単に言うんじゃないよ」と呆れ顔で言った。



「まさかずっと隠れて過ごすつもりかい? だとしても限界がある。既にアンタの顔を知っている奴だって教会内にはいるわけだし、他人に認知されないようになんて出来る筈がない」

「それが出来る、と言ったら?」

「……何だって?」



トゥナロの言葉にカンタビレは訝しげに彼を見る。イオンもまた彼を見るが、トゥナロの表情は決して嘘を言っているようには見えなかった。



「流石に今の段階じゃ、毎日のように顔を合わせて話してるあんたらは無理だけど………でも”顔を見たことがある”くらいの認識しかないような奴らからなら、ある程度の認識阻害は出来る。勿論、その時間が長ければ長いほど、いずれはオレの存在自体も忘れるだろうよ」

「「………………」」



思わずカンタビレと顔を見合わす。仮にトゥナロがそんな力を持っているのだとするならば、使い方によってはかなりの利用価値がある。



「それ、今この場で証明する事は出来たりするの?」



そう問えば、トゥナロは暫く何かを考えていたが、それから扉を見て………それからこちらを向くとこう言った。



「次にこの部屋に来た奴にでも、オレに関する事を聞いてみろ」



その瞬間、まるでタイミングを図ったかのように扉がノックされた。トゥナロは音を聞くと部屋の隅に素早く移動し、小さく唇を動かした。



「──────」

「………?」

『イオン様、モース様が来ている……です』



彼の行動に首を傾げていると、扉の向こう側に控えていたアリエッタの声が聞こえてきた。挙げられた来客の名前に顔を顰めるも、取り合えず部屋に入れるよう促し、開かれた扉からモースがゆったりとした足取りでイオンのいる机の前までやってきた。



「何か御用ですか?」

「イオン様、此度の人事の件ですが……」



そう言ってモースは一枚の紙を差し出した。そこにはイオンが導師になって再編成された神託の盾騎士団各部隊の人事がリストして記載されていた。



「会議の結果、最終的にこのようになりました故、来週より騎士団に通達し、来月の人事異動に向けて動こうかと思う次第です」

「成程、いつもご苦労様です」

「いえ、それが導師である貴方様を支える私めらの仕事にございます」



思ってもない癖に、なんてニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるそいつに向けて思いながらもリストを返すと、モースは「それから、」と口を開いた………が、



「………………?」

「どうしました?」



急に黙ってしまったモースに問いかける。しかし彼は「はて、」と首を傾げるだけだった。
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