A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・後編(5/12) -



「……あのモースとか言う偉そうな奴がよ」

「モース……」



そう言えばヴァンが一緒にいたと言っていたな、と思いながら続きを促す。



「『イオン様の側近になるのならば、お体の弱いあの方の為に薬草の一つでも取って来れないようであれば、ここにおいて置く事など出来ん』とか言って朝っぱらから叩き出しやがったンだ。別にお前の側近になりたいわけじゃねーけど、流石に知らない土地で野垂れ死ぬのは勘弁だからな。一応、あいつがいなくなる直前に言っていた種類の薬草ってのを持って来たンだ」



だからこれで合格だろ、なんて鼻を鳴らして胸を張るそいつにやはり言葉が出なかった。受け取った葉は確かに薬草だ。痛みを和らげ、快眠を促す作用があるとされているが、しかし薬草はこの大陸内での自生はあれど、かなり希少性のある物で見つけるのが大変だったと記憶している。それをこの少年は態々朝早くから今に至るまで探し回っていたと言うのだろうか。



「薬草の使い方なんて正直わかンねーし、そこまで指示されたわけじゃないから後は知ってる奴に任せるからな…………って、聞いてるのか?」



先程から何も言わない己に違和感を覚えたのか、少年は少し怒ったように問いかけながら覗き込んでくる。それにハッとすると、取り敢えず薬草をサイドテーブルに置いて頷いておく。



「ま、まぁ……良いんじゃない?」



そう言うと少年は満足そうに頷くと、用は済んだとばかりに部屋の出入り口へ体を向ける。そんなあまりにもあっさりとした行動に思わず「ねぇ」と呼び掛けた。

少年がこちらを振り向くのを確認すると、イオンは手をつけていていない夕食を指差した。



「その様子じゃ朝から何も食べてないんでしょう? 捨てるのも勿体無いから食べて行かない?」

「お前は?」

「ちょっと疲れてて食欲がないんだ。手はつけてないから安心しなよ」



そう言うと少年は暫く考えていたが、やがて夕食の置かれた席に着くと両手を合わせてトレイに乗せられたパンを食べ始めた。

そんな少年を見ながら、イオンはベッドに腰掛けて布団を足にかけると声をかけた。



「ところで、ずっと聞きたかったんだけどさ」

「…………?」



パンにペーストをつけて齧り、咀嚼しながらもこちらに目線を向けるそいつにずっと気になっていた事を尋ねてみる事にした。



「お前、名前は何て言うの?」



少年は口の中の物を飲み込む。それから静かに口を開いた。



「名前は…………………ない、ンだろうな」

「何、その煮え切らない言い方」



随分と曖昧だ。それからイオンは一つの仮説が思い浮かぶ。



「記憶がないとか?」



彼と出会った時の状況を顧みるに、可能性はなくはない。そう思って問い掛ければ、彼は首を振って否定した。



「そう言う訳じゃない。ここに来るまでに何をしていたのかも、自分が何て呼ばれていたのかも…………全部、全部わかってる」



でも、



「その記憶も、名前も全部………………もうオレのモノじゃない。オレにはもう、何も残ってちゃいないンだよ」



そう言った彼は、どこか悲しそうだな……と、思った。しかし思っただけで、別に同情したりはしない。そして彼自身もそれは求めてはいないようで、直ぐにその表情を引っ込めると続けた。



「残ってるのは切り離した《夢》だけ。それが何故かこうして形になったってだけの事だ」

「ふーん…………まるで詩人の夢物語だね」



言っている意味はまるでわからない。一見するとただの妄想の激しい奴だ。けれど馬鹿にするには、彼があまりにも真剣すぎて……出て来たのはそんな感想だった。



「けど、名前がないのも呼び辛いし後々が面倒だね。何かないの?」

「何かって………特に何も浮かばねェ」



自分の事だろうにまるで興味がなさげだ。かと言って完全に無気力なわけでもない。しかしそんなちぐはぐさに感じる苛立ちの中には、確かな興味が湧き起こっていた。

イオンは再び食事を再開した少年を見ながら考える。



(星……金………………いや、それじゃあ安直すぎか)



彼の先程までの言葉をゆっくりと思い出し、それから何かが舞い降りたように言葉が浮かんできた。



「………トゥナロ」

「ン?」



聞き慣れない言葉に少年がこちらを向く。そんな彼にイオンは告げた。



「夢って言ってたからさ、それに因んでみた。トゥナロ───《夢想を奏でる者》。お前にピッタリな名前じゃない?」

「………ふーん」



少年………トゥナロはどうでも良さそうにそう返していたが、それから小さく「良いンじゃね」と他人事ながらもそう呟いていた。

それからトゥナロは最後の一口を食べ終えてこちらを見た。



「ところでよ





















おかわりねーの?」

「………………」



ただ持て囃されるだけの退屈さは拭えども、これはこれで手懐けるのが大変そうだ……と、イオンは溜め息を吐いた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







数ヶ月後。遂に導師エベノスは崩御し、齢八歳にしてイオンは新たなる指導者として教団のトップに立った。元より八歳とは思えない聡明さは人々は己を讃え、預言に導かれて来た神童として崇めた。

同時に、元よりイオンの世話役をしていたアリエッタは導師守護役となり、特務師団員としても少しずつその功績を伸ばしつつある。

そしてもう一人、トゥナロはと言うと……



「だから……息苦しいから嫌だっつってンだろ!!」

「喧しいよ! 上からの命令なんだから黙って言う事聞きな!!」



イオンのいる導師の執務室兼自室。机に向かって書類仕事をしている彼の目の前では二人の人間が言い合っていた。

片やいつかの少年であるトゥナロ。片や眼帯の女性、カンタビレだった。二人は一つの甲冑を両手で押し付け合いながら互いに青筋を浮かべて睨み合う。どうやらその甲冑はトゥナロの為に用意された物らしいが、彼はそれをつけるのを嫌がってるようだ。



「て言うか、人の部屋で煩いんだけど。喧嘩するなら外でやってくれない?」



大体、最高指導者の部屋で部下が喧嘩だなんて前代未聞過ぎる。少し前ならば退屈しのぎに傍観していたのだが、現在は導師業が大変忙しい。ちょっとした雑音すら煩わしいのに、この騒がしさは最早頭痛がするレベルだ。
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