A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・後編(4/12) -



教会の入口に来て、そこにいた兵士に金髪の子供が通らなかったかを尋ねる。しかし二人いた兵士は共に見ていないと首を振って否定した。



「ただ、私共は昼からの勤務でしたので、もしもその少年が昨晩から朝にかけて出て行ったのでしたらそちらの担当を尋ねた方がよろしいかと思われます」

「まぁ、そうなりますよね」

「如何しますか?」



兵士の言葉に少しだけ面倒臭さが出てくる。そんな己にカンタビレも尋ねてくるのに対して、どうするかと考えようとした時だった。



「どうされましたかな?」



落ち着いた低い声。目の前にいた兵士達も途端に緊張したように背筋をピンと伸ばして敬礼する。アリエッタは少しだけ嬉しそうに、そしてカンタビレはどこか嫌そうな顔を隠さずに声の主を振り向いた。



「ヴァン」



イオンもまた声の主の姿を見て名前を呼ぶと、ヴァンはこちらに会釈をした。それから直ぐに頭を上げると首を傾げた。



「カンタビレも一緒とは………これから散策にでも行かれるのですか?」



その言葉に首を横に振る。



「いえ、そう言うわけではありませんよ。少々尋ねたい事があったものですから」

「昨日、報告した例の少年が朝から姿が見えないんだ。イオン様が気になると言うから、こうして付き添っているだけさ」



イオンに続くようにカンタビレもそう言う。それにちょっとムッとなる。



「別に僕だけじゃないでしょ。お前だって気になるからここに来たわけだし」

「けど、あたしが来なくても貴方がどの道聞きに行っていたと考えるなら、先に聞いておいた方が手間が省けるでしょう」



ああ言えばこう言う。そんな彼女に口を曲げて睨み上げていると、ヴァンが不思議そうにこちらを見て口を開いた。



「いつの間にやら、随分と仲良くなられたようですな」

「「なってない」」



二人揃って全力否定したが、声が被ったのもまた非常に不愉快だった。

しかしそれよりも、だ。



「ヴァン。貴方は昨日僕達が連れてきた少年の事を知っているのですね」

「ええ。報告はカンタビレから受けております。教会の方で保護をする、と言うのも……ですが」



と、ヴァンは途端に難しい表情を浮かべた。



「件の少年ですが、今朝方まだ陽も登らない時間に大詠師モースに連れられていたのを見ましたな」



モース。その名前が出た時点で全てを察してしまった。アリエッタはともかく、奴の性格を嫌と言うほど理解しているであろうカンタビレも舌打ちしそうな苦々しい表情を浮かべていた。

昨日あれほど嫌がっていたのだ。どこか遠くへ捨てに行ったのか、それとも秘密裏に処理をする為に魔物の餌にでもしたのか。何れにせよ、乞食と他称していただけに丁重に帰した……と言う事はないだろう。



「あーあ、つまらない」



それからイオンは自室へと戻った。結局あの後図書室に行くのも面倒になり、アリエッタとカンタビレに必要な本を持ってきてもらって部屋で読み耽っていた。

気が付けば窓の外には星が浮かび、月がキラキラと輝いている。途中でアリエッタが夕食を持って来ていたが、後に回してしまう程には集中していたようだ。



(星……)



星と言えば、あの少年の目もまるで星が光っているようだったな、と思い出す。とは言っても、別に他人の……しかも男の目なんか見てときめいたなんてそんな事は断じてないのだが、それでも名前すら知らないそんな彼の目はそれ程までに印象深かった。

じっくりと見ていたら、まるで気持ちの全てをぶつけてしまいそうな、そんな雰囲気すらあった。それでなくても、折角出来るかも知れなかった年の近い同性の話し相手がいなくなってしまい、少しだけ寂しさを感じる。



(モースの奴、余計な事をしやがって……)



土地勘もない、ただただ小綺麗なだけの何も知らなさそうなあの少年が生きているとは思わない。今頃は魔物に骨まで食い尽くされているのか、それとも殺されて埋められているのか。それすらもわからないが、結局またいつも通りの日常に戻った………それだけは確かだった。



(………もう、寝よう)



折角持って来てくれた夕食も、食べる気は起きない。どうせ明日も早くからやる事があるのだし、無理に詰め込んで調子を崩すくらいなら、さっさと床についた方が良い。

そう思って明かりを消してベッドに乗り上げた時、窓から風が吹き込んできた。



「………?」



窓を開けた覚えはない。隙間風にしては大分強いそれに思わず窓の方に顔を向けると、いつの間にか空いていた窓の淵に突如一本の手が生えた。



「え………」

「よ………っこいせ、っと」



そんな声と共に手と繋がった本体が乗り上げてきた。月に照らされて輝く髪に、星のように瞬く目。そいつは確かに、昨日保護した少年だった。

まさか生きてるとは、いや───それよりもまさか窓から現れるだなんて微塵も思っていなかっただけに、直ぐに反応出来ずに呆然とするしかなかった。その間にも少年は服や手足についた土や泥を叩き落としながらも、右手に持っていた物をこちらに突き出してきた。



「ン」



短く、そんな声を上げて出された物を反射的に受け取る。己の手に収まったそれは………何かの葉っぱだった。

ますます意味がわからない、と少年を見上げれば、彼は少し不機嫌そうに顔を顰めて口を開いた。
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