A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・前編(4/5) -



そんな事を考えていると、ヴァンは思い出すように言葉を続けた。



「あやつは、私に言ったのだ」



『ヴァン様、貴方はこの戦いには勝てません。何度ルーク様達と戦ったとて、結果は変わりません。だから貴方の夢は叶わない………けれど、預言のような滅びの未来も訪れない。多くの犠牲が出て、悲しみに溢れるけれど、この世界の人々は徐々に預言のない未来に向かって歩み出す事でしょう』



フィリアムを醒めない眠りに落としたシルフィナーレはそう言ってヴァンを振り向いた。直ぐにでも目の前の少年の息の根を止めるのかと思っていただけに、急にそんな事を言われて驚いた、とヴァンは語る。



「『嘘か真か、どう考えるかは貴方にお任せします』………そう言い残して、目的の一つであったフィリアムを殺す事もせずに地核へと消えていった」

「…………」



普通の人なら、これだけでは意味がわからない事だろう。いくらヴァンだとしても、急に預言士から預言とは違う未来の話なんて予知されたら混乱だってしたのかも知れない。

しかし、



「預言にない未来、なぁ…………確かにオレはこの能力で”見た”事はある。それにトゥナロの野郎も………ずっと見ていたンだと思うぜ」



でなければ、あんなにも意味深な事は言わないだろう。本人に聞いた時は否定も肯定もしなかったが、この推測は恐らく間違ってはいないと断言出来る。



(シルフィナーレがオレと同じ能力を持っている事はほぼ確定だ。本来のこの世界が辿るだろう未来を見たのも本当だろうし………けど、)



そこまで知っていながら、彼女が何をしようとしているのかが見えてこない。レジウィーダやフィリアムの力が必要だと言うのはわかっているが、かと言ってこちらに対して雪山以降何かを仕掛けてくるわけでもない。

それに、



(本来、あの時地核に落ちるのは………ヴァンだった筈だ)



断片的に見ただけで、細いことはわからないが、本来ならばヴァンがあの戦いの後に地核に落ちて…………そして何らかの方法で戻ってくる、と言うのはわかっている。しかしヴァンが地核へ落ちるのはレジウィーダによって上手い事阻止された為、彼はこうしてここにいる。



「地核に………何があるのかがわかっているから、それを取りに行った……とかか?」



それはきっと、生身の人間が落ちて生還できる程の強大な何か。本来ならば目の前のこの男が得る筈だったそれを、まるであの女がなぞるかのように動くその意味は……?



(あの女、ヴァンの役割にすり替わろうとしてる………のか?)



しかしこれ以上は、いくら考えても答えが見えてくる事はなかった。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







あれからもう少しだけヴァンと話をした後、グレイはダアトの教会へと戻った。それから直ぐに自室に戻る……なんて事はなく、今はモースの執務室へと来ていた。

最近、モースが脱獄したと言う話を聞いた。そしてそれほど間を置かずにキムラスカ軍によるケセドニア付近でのマルクト軍襲撃の報告が入り、和平もまだ結んだばかりでこれは流石に関連性はないとは思えなかった。

脱獄後にここへ戻ってくるようなアホな話はないとは思ったが、せめて奴が次に何をしでかすのかヒントになりそうな情報を集める為に取り敢えず部屋を物色していたのだが……



「……マジかよ」



これと言って大した物はなかった。しかし代わりにとんでもない秘密の匂いがするモノを見つけてしまった。

目の前には一つの扉。これは今し方、棚が動いた先に現れた所謂隠し扉と言う物だ。



(この先は外か、それとも秘密の部屋か……)



少しだけ心が躍るのは最早本能だ。先の潜入もだが、元より未知の場所を冒険するのは嫌いではない。怒られるのは勿論勘弁願いたいが、それでも駄目と言われる事をやりたくなるのが、グレイの本来の人間性なのだ。

グレイは扉を開け、奥へと進む。明かりはないようで、手持ちの音素灯を照らしながら狭い道を歩き続けると、先が布地で塞がれていた。しかしそれもあくまで仕切り程度の物で、手で払えば簡単に中へと入れた。



「ここは………」



中はやはり暗かったが、地核に蝋燭があったので火を灯す。どうやら秘密の部屋だったようだ……が、ここで大詠師の地位にいたあの男が過ごしていたと言うにはあまりにも………



「汚ェ……」



部屋の隅には簡易的な寝床のような場所があるが、あまりにも薄汚れていてボロい。それに足元には鍵のかけられていない壁から繋がれた枷、枕元には食べかけのパンが転がっていたり、ところどころに血痕のような物や、小動物の骨のような物が落ちている。そのどれもが然程時間経過が見られず………まるで、最近まで何かがこの部屋にいたような痕跡がありありと残っていた。

しかしその何かの姿は見えない。他に外へと通じる出口でもあるのかと探してみるも、そう言うのも特に見られない。逃げたのか、それとも知らぬ間に連れて行かれたのかはわからないが、少なくとも今は何の気配も感じられなかった。



「───うわ、悪趣味な部屋。何ですかここ監禁部屋か何か?」



と、不意にそんな声が背後から聞こえていた。その声から思い当たる人物は三人ほどだが、こんなふざけた事を言うのは最早一人に絞られるだろう。



「まさか貴方、ついにそっちの趣味に目覚めたんですか?」

「目覚めたってなんだ禿げてしまえ」



寧ろ自慢のその艶髪全部削ぐぞゴラ、と凄みを利かせながら振り返れば、予想通りの人物がケラケラと笑っていた。
/
<< Back
- ナノ -