Rondo of madder and the scarlet
- Telephone...2 -

ピピピピピピ……



無機質な電子音が鳴り響く。最近新しく買い換えて開閉式から液晶式になったそれは、昔のように一々設定するのが面倒になりほぼ初期設定のままになっている。……まぁ、流石に電話帳くらいは前の物から移しているので入ってはいるので、徐に手に取って相手を確認する。



「うわぁ…………」



画面に映った相手の名前を見て一気に出る気が失せた。かと言って、放置したところでしつこく掛け直してくるだろうし、何よりも煩い。さっさと電源ごと落とせば良かったのだが、この相手の場合、稀にとんでもなく貴重な情報を落としていく事があるので迂闊に無視も出来ないのだ。

……と、うだうだといつまでも考えているのも面倒になり、とにかく通話ボタンをタップして耳元に当てた。



「……何か用かよ」



電話に出て開口一番の対応ではないのはわかってはいたが、別段問題はない。どこぞの奴らのように喧嘩腰で返ってくる訳でも、長い説教と共に文句が出る訳でも、背筋が冷えるような返しが来る訳でもない。多少ウザいツッコミが入る程度だ。
案の定、電話の相手は『いきなり酷いわぁ〜』等と言いながらもそれ以上その事については何も言わなかった。



『それよりも、夜分に堪忍なぁ。ちょっと頼みたい事あんねん』



その瞬間、即座に通話を終えた。



ピピピピピピピピピ………



途端に再び鳴り響くそれ。今度こそ無視を決め込みたかったが、それをやるだけ無駄なのも長い付き合いの中でわかりきっている事なので、不本意だがもう一度通話ボタンをタップした。



『りっっっっっっくううううううううううんんんんっ! いきなり切らんといてえええええっ!?』

「煩ェ……夜分に申し訳ねーと思うンなら自重しろし」

『誰のせいやねん!』

「やかましい! さっさと用件言えや切るぞ」



理不尽やっ、なんて悲鳴が聞こえたが、コイツも十分人のことを言えないと思う。一体全体何時だと思ってやがる。時計を見ればもう直ぐ短針は2を指そうとしているのだ。別に寝ていた訳でもなければ、ここにいるのは自分一人だから家族に迷惑がかかる訳でもないが、常識的に考えて欲しい。つまりは……こんな時間に電話してくるンじゃねェ。

そう言えば漸く話す気になったのか、相手は大きく溜め息を吐くと渋々と話し始めた。



『実はなぁ、今日、俺の幼馴染が転入してきたやろ?』

「知らね」

『自分にも手続き手伝ってもろたやろ! ……まぁ、ええわ。それでお願いってのが、その転入手続きなんやけど……』

「ンだよ。何か問題でもあったのか?」



そう言えば一か月程前にそんな事したなと思いながらも、そう言えば「違う違う」と返ってきた。



『そうやなくて。急なんやけど、もう一人追加で無償入れるよう手続きして欲しいな〜なんて』

「……………」

『ああぁ無言はやめて〜。そんな長い間って訳でもないんや。何なら一時留学って扱いでもええんやけど……とにかく詳しく身元とか探られたくないねん。またあの人に掛け合ってくれへん?』

「あのな……掛け合えって、只でさえ何でもない一般人を試験パスにしてンだぞ。加えて身元不詳の外人を書類審査パスにしろってことだろ? いくら何でも無茶ぶり過ぎだろ」



オレを一体何だと思ってやがンだ。こちとら一般男子高校生であって何でも屋でもなければ、権力者ですらない。そう言えば申し訳なさそうな情けない声が返ってくる。



「それは勿論承知の上や。だから、影響力大の自分の友達の力を借りたいんや」



この通り頼むわ、とは言うが、流石に身元不詳は頂けないし、普通に無理だと思う。さて、どうやって断ろうかと考えあぐねていると、相手は途端に声を潜めて言った。



『その人な、外国人とちゃうねん』

「あ? じゃあ帰国子女?」



でもそれなら留学ってのも少し違う気がする。



『あー……それもちゃうわ。それについてはいつか話すわ。今は待たないといけない時なんや』

「意味わかんねェ」

『うーん……正直言うとな、俺にもわからんのや』



でも、とソイツは続ける。



『帰りたくても、帰られへんやて。いつ帰れるのかも、どうやって帰るのかもわからんらしい。だからせめて、ここにいる間は楽しい思いをしてほしいって………あーちゃんが言ってたんや』



そう言ったソイツから出た名に、つい最近見た名前と昔の記憶に残る顔が思い浮かぶ。



『あのあーちゃんがそう言ったんや。それに折角そこにいるのに、何もしないなんて詰まらんやろ? だからさ、せめて俺らと同じ学校通って、今この時を楽しんでもらいたいんや』

「…………………」



帰りたくても、帰れない……か。それにはとても覚えがある感覚だった。割とつい最近まである場所にいた時に感じていたものだが、しかしだからと言ってその人に同情をする訳じゃない。
そう、同情はしないが………そうまで言われては、流石に断れなかった。



「はあぁぁぁぁ………………………頼むだけだぞ」

『! りっくん……!』

「確実に成功するとは思うなよ。出来なかったら素直に諦めな」



そう言うとソイツは「わかった」と返した後、ありがとうと何度もお礼を言ってきた。それが何だかむず痒くて、煩ェと短くそれをぶった切った。



「それより、さっさとソイツの情報寄越せるだけ寄越せ」

『了解や! 直ぐにメールで送るわ!』



そんな無駄に明るい返事の後、通話を終える。それから5分と経たない内にメールが届いた。



「……………………オイ、これって……」



そこに載っていた彼の外国人(仮)の情報に絶句した。暫く何度も繰り返しメールを読み返すが、内容は変わらない。



「……チッ、ホント面倒臭ェ」



面倒臭いが、しかしこれは逆に失敗はしないだろう。そんな確かな自信を胸に、その指はある人物の番号をタップしていた。



2014.05.25
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