残された子供


 強く在りたい。原初の欲として数えたそれは、癒えることのない渇望だ。楽欲をハロウィンは棄却できず、そのまま信念とするしかなかった。とうに腐敗しながらも、遺棄するにはまだ熱をこもらせすぎている。
 強く、誰よりも。腸肚からの声は盲信した。アランよりも強くなければ、生きてないのと同じ。そんな妄想に憑かれ、行き場は定まらない。ただ一人きりで彷徨を重ね、地平を追った。殺戮の理由だけを抱え、至るべき争いが見つからない。孤独に似た焦燥を埋めるためには、更なる力を求めるしかなかった。
 ハロウィンには闘争が必要だった。かつてのような大戦は望めなくとも、諍いを絶やしたことはない。ハロウィンに恨みを持ち、チェスの兵隊を憎む人々は世界に溢れている。ありふれたそれらを一蹴し踏みにじるのは酷く愉快だ。そうやって屍を積み上げ、餓えた獣のように今日もまた。
 ただ今日は偶然の邂逅であった。町へと続く道ですれ違い、魔力を嗅いだだけ。素知らぬ顔で逃げを計る男に、運命の残酷さを説いた。
 相対したその男はハロウィンを知っているらしかった。命乞いの折りにそんな世迷い言を呟き、嘆願していた。元チェスだとか、あんたに憧れてただとか、下らない。男に覚えがないハロウィンは、それを嘲った。

「憧れてたなら、本望だろ」

 焼けた喉で笑う。炎で歪められた気道は不協和音を奏で、男の絶望をさそった。しかし同時に思惟に刻まれた、強者の驕りも呼び起こしたらしい。男は覚悟を決めた瞳で力を形にした。

「ヒュヒュ……そうさ、それでいい」

 ハロウィンの言葉に、応えはもうない。固く結ばれた唇は僅かに震え、泣き言を押し殺しているようだ。恐れを見せた無法者は、もはやただの弱者でしかない。ハロウィンは絶体の優越を知りながら、無情に魔力を高めた。
 途端、沸騰する血液。焼け焦げた肌は黒く、脆い。魂すらも滅する熱は、苛烈に男を包んだ。匂いは重く、鼻腔にいつまでも滞留する。
 呆気ない。ハロウィンは怒りすら忘れた。男がハロウィンに残せたものは、嗅ぎ慣れた悪臭だけ。人生の決着にしてはやたらと軽い。遠くに浮かぶあの雲のようでいて、強さとは無縁だった。

「つまらねえな」

 口に出せば更に。加速した思いは不満だ。歩みを進めたはずなのに、停止しているような違和感。二度の戦争を生き抜いてから、進んだ気がしない。依代を失い、争いを見失ったあの日のまま。敗北という形でも前進だったのに、それすら終戦に忘れてきた。寝惚けているつもりはなくとも、同じことだ。
 どこに行けばいいのだろうか。疑問への答えは一つ、地獄だ。対岸に渡り、死を甘受すればいい。底へと行けば、悪漢を支配する強者に会えるのだ。それに、かつて己を支配していた者も、死の坩堝の一員だ。

「まあ、その前にアランだな」

 あれさえ殺せば、もう未練はない。燃え尽きることのない殺意を抱き、ハロウィンは長くて独りの旅をしていた。


つぎ





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