「どうするの?」

 世界が揺れる。男の残虐な問いに、視界すら不確かになった。上手く滑らない舌は、心が乾いてしまったからだろう。それでも問われてしまったからには、自失は出来ない。脳裏に溢れた言葉の大群を無視して、アルヴィスは答えを紡いだ。

「俺にはどうしようもない。ロランがそう思うなら、会えないだろう」

 嘘だ。偽善だ、虚構だ、建前だ。卑怯を秘めて、気高さを気取ろうとしてる。賢人の真似事で火傷するのは、愚者しかいない。胸を奥底から焦がす思いを鎮めるあてはないのに、無視している。いずれ取り返しのつかない傷になると知っていながら、虚偽に浸かった。

本当は、こんなにも会いたいのに。

「一緒だね。僕もロランの望みの方が大切だ。」
「当然だろう。俺と貴方は会ったばかりだ」
「じゃあどうしようか。死ぬのを承知で帰る?」

 なんて、優しい声なんだろう。男は母親のように、柔らかに問うた。意味さえ考えなければ、慈しみそのものだ。どこか狂った男の音色に、アルヴィスは嫌が応にも現を手にする。


「……会わなくていいから、ここに居させてくれ。部屋に軟禁してくれて、構わない。だから」

 なんて、醜い。浅ましい欲は恥でも隠せなかった。微かな光にたかる羽虫のようで、滑稽だろう。笑われても仕方ないとアルヴィスは男を見た。
 愉悦に浸った表情すらも、整っている。男の嘲る顔は、しかし不快とかけ離れていた。子供のように無垢で、純粋な美しさを秘めている。無知な喜悦と狂った優しさを持ち合わせて、男は満足そうに笑う。狂気の淵に立ちながら狂人にはなれない。そんな笑顔だ。

「君は、本当にいい子だね。強くて真っ直ぐで、でも賢くもある」

「ねえアルヴィス君。僕は君が好きだよ」

 囁かれて、身震いした。愛とか恋とか、熱情とは無縁の温度だったから。少女の甘やかな詩歌である筈の文句が、呪詛のように恐ろしい。光明を忘れた地獄から生まれた、おぞましい化け物と同じ相貌だ。

 男は、愛を知らないようだった。

「これからよろしく。ロランなら、あと少しで来るよ」
「っ!どういうことだ!」
「庭いじりして泥だらけだったからね。着替えてくるって。すぐには『会いたくない』って言ってたよ」

 つまりは、嘘。意図的に腐らされ、変質した言葉だった。虚言を弄したその男は、変わらず笑っていた。
 気泡のように生まれる怒りを、必死で殺した。理性というよりは、疑問が怒りを潰す。これを形にして表したところで、男は何か感じるのだろうか。人を騙しても思う心がないのに、憤怒を恐れることは可能だろうか。分からないから、口を閉ざした。

「ああ、そうだ!自己紹介がまだだったね。僕は、ファントム。これから、よろしく」

 仲良く握手なんて冗談でも質が悪い。しかしアルヴィスは、逆らえなかった。今ここで、十年の願いを忘れる馬鹿に成り下がるのはごめんであったから。絶望と等しい片腕の交わりは、静かになされた。
 ファントムは笑っている。このままアルヴィスが放さなければ、気味の悪い繋がりが絶たれることはないだろう。怖気をふるうようなその精神に、アルヴィスは奥歯を噛んだ。

「トモダチが出来るのはいいね。嬉しいし、楽しい」
「そう、だな」
「僕はね君以外にあと二人、トモダチがいるんだ」

 寂しくないのか。吐瀉感のような疑問を、必死に呑み込む。若くみえるファントムは、それでも成人はしているだろう。それなのに嬉しそうに数えた友人は、片手にも満たない。同情の前にその怪異性が際立ち、アルヴィスは言葉を作らない。
 少し前とは別の意味でロランを待った。二人きりというのが、何よりも恐ろしくて仕方ない。希った思いは、自然と彼の名前になった。

ロラン、とアルヴィスは呟いた。

その刹那、運命は満ちた。

「アルヴィスさん!」


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