月の輝き
彼女の笑顔



act.0...嘘だらけの世界




聞いたことがある。頭上輝く月は、昔はこの大地の一部だった、と。

 熱い紅茶、甘い菓子。月光のテラスで、独りきりのお茶会を催す。高級な菓子を一つ抓むと、ディアナは外に投げた。宙に放りだされた菓子は、すぐに黒い点になって消えてしまう。
 どこか遠くの国では、パンの一つを巡って争いが起きるという。そこで産まれた子供は、甘い菓子の味など知らぬまま、死ぬのだろう。
 ああ、なんて愉快。
 ここには飢えも、寒さも、労働もない。ディアナの座る椅子は、高級な敷物が暖める。

 紅茶をすすれば、林檎の香りが鼻をつく。カップに浮かんだ月は、青く淡い。
 月は大地から産まれたこの世界とは、兄弟のようなもの。だけれど、月は世界とは似てもにつかない。
 あちらには、誰も住んでいない。あちらは何も産まない、何も育まない。
でこぼこの地面は草木一本もない、不毛な大地。水と命と、甘いお菓子は存在しない。

「まるで貴方のようね、ドロシー」

 妹は実に、愚鈍な子供だった。何をやっても人より劣り、よく泣いた。
 泣いた妹の世話を焼くのは、いつだって姉の役目。泣いたドロシーの手を引き、家へと連れ帰った。そして両親に誉めてもらうのだ、いいお姉ちゃんね、と。

「馬鹿な子。私が蔑んでいるのも、気づかず」

 馬鹿みたいにディアナを頼り、必要以上になついたドロシー。鬱陶しいのは今更、いいお姉ちゃんごっこは途中で飽きたけれど。

 月光も太陽に輝かせてもらっているだけの、偽り。風情がある、と人は評すが、輝いているのは私であって、彼女でない。
 哀れな、子。
 もう一つ菓子を抓んで、今度は踏み潰した。
 妹は笑っている。月は光っている。所詮、嘘なのだ。 だって彼等は、甘い菓子の味を知らないもの。


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