風に拐われた。比喩ではない。視界を黒い風に隠され、そして全ては変容した。光を得た瞳が見たのは、違う風景。光とは無縁の、暗い悠久の森だ。 その中で、一つ。鈍く光る赤があった。宝石のようでいて、違う輝き。慣れ親しんだ彼のARMと、同一だ。 「馬鹿か。貴様は」 「ペタ、さん」 「どういうつもりだ!」 感慨は許されない。ロランの体躯は、地面に叩きつけられた。口に広がる錆びの味は、あの宝石色よりも赤い。 痛みが叫ぶ。裂傷によるものと、衝撃によるもの。身体を暴れまわるそれを、鎮める気はなかった。 「勝手な行動はするな!自棄になりでしもしたか」 「ご、ごめんなさい」 「次はないぞ」 温もりはない。氷で出来た瞳は、冷たさを押し付けた。それはやがて痛みに変わり、ロランを蝕む。血の代わりに巡り、心根すらも冷そうとした。 あの男と違う。ロランが殺した男は、ただ太陽だった。比べてペタは、夜よりも暗い。 けれど、同じだ。熱を与えるのも、奪うのも。熱の存在を提示する、その意味で。 「ふっ……っうぅ…」 「泣けばすむと思うな。涙など見せるな!」 ペタの叱咤で、止まることはあり得ない。雨のように終りを見せない涙は、痛みの化身ではないから。罵詈雑言が恐ろしいのなら、自分はもう死んでいる。 気づいてしまった。彼が来るのがあと少し、遅かったら良かったのに。そうすれば多分、永遠に知ることはなかった。 彼は誰よりも、優しい。 end |