彼は死にました。
 血を流しています。
 棘の剣で貫きました。
 胸を、一突きに。

 不思議と、冷静だった。何も感じず、ぼんやり。死体を無意味に見下げる。死体が吐き出す血が、じんわり。汚い塊となり、ロランの靴を触ろうと足掻く。ファントムから与えられた靴だ。汚したくない、そう思ってよける。
 薄情だ。彼の命の証すら、受け取ろうとはしない。しかし、胸の痛みに襲われることはなかった。何もかもが希薄で、感じられない。あるのは、凶器を持つ手の熱さだ。

 ああ、誰か。教えて下さい。僕に、この人を殺めてまで生きる価値はありましたか。

「人、殺し!」

 眠っていた耳を起こしたのは、罵声だ。似合いのその文句は、子供から湧いていた。小さな姿は見覚えがあるけど、会った記憶がない。
 違和感を探る。掘り当てたのは、紫に縁取られた光景だ。ARM越しに見た、愚かな子供。同じ姿で、生きている。
 驚くことはない。ほんの少し、疑問になっただけだ。
 そう、彼はどうでもいい。子供よりも大人だ。彼の隣に立つ体躯は、かなりのもの。世界を駆け巡ったその名前は、アラン。豪傑と、チェス内部ですら恐れられていた。
 殺し得る力を、持つ者。
 彼等がいるのは、偶然ではないだろう。神が与えた運命、なんて宣うつもりもない。死んだ男が、話し合いの場へ向かっていると言っていた。城からここまで、一直線に向かう道はそう多くない。

「お前、まさか!」
「落ち着けアルヴィス」
「仲間が殺されて、落ち着いてなんか!」
「いいから」

 進歩しない。喚き散らすのが、思いやりだとでもいうのか。相変わらず、鬱陶しい存在だ。もっとも今は、そちらの方が有難い。
 仲間を殺されて、恨む。何も間違っていない。お願いだから、躊躇わないで。

「お前、チェスか?」
「そうですよ」
「それはお前がやったのか?」
「当然じゃないですか。貴方達と仲良くする理由なんて、ありませんよ」
「そうか。そうだよな。悪いが俺は、お前を子供として見ることはしねー」

 心地よい。こんな憎悪こそ、相応しいのだ。失われるものなど、あっても意味がない。
 憎んで。憎んで、憎んで、決して許さないで。その瞳に、殺意だけ宿して欲しい。

「戦争は終わったのに、お前みたいなのがいて残念だよ」
「終わってなんかいません。ファントムは生きています」
「ああ、そうかよ!」

 膨れあがった魔力。いつ爆発するか、知れない。重圧となり、ロランにのし掛かる。
 たじろぎながらも、怯えはしない。死に震える真似を晒すのは、最悪だ。死に際には何も残さない。
 ただ。ただ、もう少し早く来てくれたら。後悔しないで、済んだだろうか。

「さようなら、ファントム。僕は貴方が、」

続きは、言葉にならなかった。




top
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -