喉を失っている。静寂を生み出す城は、侵入者に警告もしない。ただ異物を見て、その目を逸らすだけだ。
 アルヴィスは逸らさない。幻惑、夢想、幻想、その全てを捨てた。冷たく展開する現実を、受け止めるのを恐れはしない。たとえ、両目が潰れたとしても。
 深海色の瞳に、城を写した。大きく見渡し、行き場を決める。正面に構える巨大な階段を、昇ろう。かつて震えていた足を踏み出す。足音が響き、靴が床を滑る音がした。磨かれていなければ、ありえない。
 また、一つ。生きた人間の証拠を拾い、期待が踊る。憶測の域にあることに、過度な重圧はよくない。分かっていても、胸は軽くなった。
 彼に、会えるかもしれない。夢と現の狭間でもいいから、と願った夜。確かに、届いた結果なのだろうか。

「ロラン!いたら返事をしてくれ!」

 返答は静寂だ。虚しく響いた己の声に、それでも挫けはしない。何度でも呼べばいい。声が嗄れても、喉が潰れても、止める気はない。
 行こう。最初に作った目的地を目指してまた一歩。踏み出して、違和感。
 音が、二つした。一つは己なら、もう一つは。不可視の存在を信じてはいないけれど、浮かんだのは大人達と子供達の与太話だ。真っ先に希望に行き着かない辺り、芯の冷えを表している。
 自嘲に時間を割くな。希望か絶望か、確認しに来たのだろう。
 目付きに悪役を押し付け、見る。視力は問題ない筈なのに、視界は不動の静物で埋められていた。
 体内の水は全て汗に変わったのか。情けなく吹き出した恐怖を、隠すことで精一杯だ。有り得ない。否定して可能性を探らなければ。

「ねぇ、キミだれ?」
「っ!」

 声は、背後から刺した。思考が挟まる余地がないまま、振り返る。
 そこには、一人。不気味な男が、汚く笑っている。顔の上半分を覆う仮面に、左腕に太く巻かれた包帯。見た目で判断するなら、これは間違いなく幽鬼の類だ。
 珍妙な格好をしただけの人ならいい。しかし、何時。すぐ後ろにあった扉が開いた音は、しなかった。どうすれば、何の音もせずに背後に回れるのか分からない。

「驚かせた?」
「……どうやって、後ろに?」
「外から。ドア開いてたよ」

 下らない疑問だった。氷山に見えていたそれは、雪よりも早く溶け出した。焦ると揺らぐ記憶と思考を、叱りつける。
 もう一つの疑問。その回答を得ようには、どうだって失礼だ。そもそも初対面の人間に、あのような考えを持つことから始まっている。
 表面に出てはいなかった。その筈であるから、アルヴィスは内面も繕う。想像に怯えていた恥も、無かったことにした。

「それで、キミは?ここに何の用かな」
「人を探しに」
「人?」

 怪訝そうな、仮面の奥。声色が変わらずとも、雰囲気は疑念を示す。心当たりがない、と幻聴がした。

「ロランというんだが。昨日この城に入って行くのを、見た」
「ロラン?……ああ、知ってるよ。でも彼がここに来たのは、今じゃない。十年か、それぐらい前だ」
「昨日、確かに」
「人違いだよ。ここには僕以外にも、人はいるからね」

 捨てられた。僅かに残っていた光も、この男は塗り潰す。失意を押し付けられ、身動きがとれない。
 ロランを見たのは、早朝だった。太陽すらも眠たげに、虚ろでいた時間。照らされていた半分は、確かに彼だった。では、陰に隠されていたもう半分はどうだったのだろうか。
 分からない。少しの衝撃で揺らぐ足場は、アルヴィスを支えられない。一人の重さに耐えかねて、期待の重さで瓦解した。

「君はロランの何?十年も前にいなくなった人を、今更探しているの?」
「そうだ」
「それって、自己満足だよね」
「……そうだ。俺は、怖かった」

 認めてしまえば、脆い。心の奥底にあった恐怖の色は、もう知っていた。鋼鉄の箱に入れて、忘れたふりしても意味がない。その恐怖と一緒に、閉じ込められていたんだから。

「ロランが、死んでいたらと思うと。村の人に、手を下されたじゃないかと。認めることになったら、俺は、耐えられなかった」

 情けない。けれど事実だ。早くにそんな事実を知れば、幼かった自分は夜中を見ただろう。もしかしたら、親類がロランを殺したのかもしれないと。疑い、憎み、恐れ、孤独が親友にとって替わる。







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