*待ちくたびれた 戦う勇気はあった。ファントムのためなら、戦って命を落とすことも恐れはしない。 けれど、こんな覚悟はしていなかった。 ロランの蒼穹は、震えた。恐れか、哀しみか。己か、他人か。何のために、何を思っているのか分からない。地面すらも揺らぎ、空は海に沈んだ。 どうすれば、いい。混沌は、困惑を餌に肥大する。十分に肥えながら、それでも貪欲にロランを蝕んだ。五感と四肢の自由を奪い、これ以上何が欲しいのだろうか。命を差し出せば、助かりますか。 「どうした坊主?」 「な、なんでもないです」 この温もりは罪深い。無限にも思える優しさでも、仕切りはある。男が頭を撫でるのも、ロランが可哀想な孤児であるからだ。無償で無限の、博愛なんて存在しない。誰かに優しい者は、同じ分だけ誰かを憎むのだ。ファントムがそうであるように。 憎しみには慣れていた。恨み言を相手に、精神を病む仲間を何人も見ているから。どんな憎しみを突き付けられても、薄笑いを浮かべられる人間を知っているから。 でもそれらは、一繋がりだった。途中で変質して、爛れたのではない。綺麗に澄んでいた水が、醜く汚れる様をロランは見たことがなかった。初めて晒された状況に、感情の処理が追い付かない。 ただ、恐ろしいと。振り払うように、男の手を固く握った。同じ分だけ握り返され、もっと不安になった。 堂々巡りだ。何重にも不安を重ねて、どうになる。欲しいのは、厚く塗られた恐れではない。 覚悟しろ。なかったのなら、新たに作ればいいだけの話だ。この男を殺す、その覚悟を。 「ど、どこに行くんですか?」 「仲間の所だ。これからを話し合う。お前にはちょっと退屈かもな」 「だ、大丈夫です」 「そうかそうか。いい子だ」 頭を撫でる、無骨な手。暖かくて、柔らかい。もういない母親の記憶と同じだ。もうすぐ、この温もりを消し去る。 この後、世界は。 「あ、あの!僕、ARMを、その……拾って、持っているんです」 「ARMを?見せてくれないか。危険なものかもしれない」 「は、い」 衣嚢を探り、出すのは指輪型。ペタが見繕い、渡したものだ。相性がいいらしいが、上手く扱えた覚えはなかった。 気づかれるな。ゆっくりと高める魔力の息を殺した。無警戒なんだ。焦らなければ、絶対に大丈夫。 「これです」 「ん?…………あ、」 どさり。 この後、世界は少しだけ冷え込むだろう。 ⇒ |