ふいに、揺れが大きくなった。顔を上げずとも分かる、階段だ。
 ロランが男と会ったのは、二階。階段は二十一段しかなくて、そこを過ぎれば外に出てしまう。
 このままでは、本当に連れていかれてしまう。そしていずれチェスの兵隊ということが露呈し、惨めに殺されるだろう。優しく笑った男に、憎悪を向けられるのは怖かった。
 男の服を掴む指に、力がこもった。敵である人間に、すがるように身を任せているなんて馬鹿な話だ。
 再び緩やかになった揺れに、ロランはいよいよ終りを感じた。薄暗かった世界は、いつのまにか明るい。
 急な光に、ロランの開いてもいない目が眩む。長くいた闇は、急な光に耐えきれずに零れてしまった。
 戦争に勝利した者たちのざわめきが、耳に届く。この声、一つ一つが憎い敵だと思うと吐き気がした。これからこの中に一人で放り込まれると思うと、泣きたくなった。

「なんだ、あいつ」

 男が呟いた。ロランは自然に、男の目の先を追う。
 そこには、黒があった。黒い瞳に、黒い服。ペタだ。ファントムの死体を、抱えている。何か喋っているが、周りの雑音が大きくて聞こえない。
 ロランを抱えた、男の腕が強ばった。肌でそれを感じ取ったロランは、より一層緊張に体を縮める。
 声は、出せない。助けてと言ってしまえば、男の刃がペタよりも早くロランに届くだろう。
 祈るように、ロランはペタを見つめた。風に願いを託し、運命を量る。
 ペタの黒い瞳とかちあかった。丸いその瞳が、もう一回り大きくなるのが見えた。
 気付いて、もらえた。ロランは安堵に息をもらした。そして声は出さずに、「たすけて」と唇を動かす。

瞬間ペタの眉間の皺が深くなって、

それから、

顔を背けられた。

 困惑するロランを知らないふりして、ペタはファントムの死体を見つめた。力なく垂れ下がる腕、血で固くなってしまった髪。ファントムの全てを愛おしむように、ペタは死体に顔を近づけた。
 ペタがARMに魔力をこめる。ロランだけがそれに気づいて、手を伸ばした。
 ひゅう、と風を切るようにペタは何処かへ飛んでいってしまった。ペタの行動を先読みしたようなロランの動きに、男が少しだけ怪訝そうに顔を歪める。雰囲気でそれを感じとったロランは、慌てて手を引っ込めた。
 見捨て、られた。言葉にしなくとも明確な、事実。真っ暗な現実の中で、ロランはただ目を瞑った。



end


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