「お、おい。そんなに怯えるなよ。別にとって食おうってわけじゃないんだから」

 予想よりも、ずっと優しい声。恨み言を浴びながら死ぬ覚悟が無駄になり、ロランは拍子抜けした。
 もしかしたら、チェスの兵隊だったのかもしれない。混乱していて、耳のピアスを見落としたのかもしれない。すがる希望を必死に並べながら、ロランは恐る恐る顔をあげた。

「全く、顔がぐちゃぐちゃだ。俺のこと、チェスとでも思ったか?」

 豪快に笑う男の耳にピアスは、ない。それでも尚、降りかかる優しい言葉にロランは安堵した。男にとって、ロランはチェスの兵隊ではないのだ。歳のわりに、低い身長と貧弱な体つきがそうしてくれた。

「ぼく…悲しくて」
「……そうか。そうだよな。でも、男は泣いちゃいけないんだ」

 自分に言い聞かせるように、男は暗く呟いた。無理して作った笑顔に、敵も味方もないことをロランは知った。

「それで、家は?」
「ここ…の、近く。だから、その…大丈夫です。一人で、なんとか…」
「近く?ここの?」

 しまった。ロランは失態に目を瞑った。廃城の近くに住んでる人間など、いるものか。ロランのもつ少ない常識からでも、簡単におかしいと判断できる。
また、死神に手を掴まれた気がした。ロランはぎゅっと目を瞑り、死の予感を見ないふりをする。

「……家、ないのか?」

 再び与えられた好機に、ロランは無心で首を縦に振った。あながち間違いではないことは、嘘をつく躊躇いを無くしてくれた。

「そうか、お前も戦争に巻き込まれたんだな…」
「はい」
「よし、俺と一緒に来い」

 反論の前に、抱き抱えられた。ロランはどうすることも出来ずに、そのまま男に抱えられたままになってしまう。成人しているであろう男性は大きな腕で、ロランを容易く腕に収めた。壁のようにある胸板は、力では絶対に敵わないとロランに警告する。
 無策に抵抗すれば、不審に思われるのは明白。けれど、混乱した頭では上手い嘘など浮かぶはずもない。
 なすがまま、ロランは男に連れられて行く。怯えるふりして、男の胸板に顔を押し付けた。少し俯いていれば、耳のピアスは髪に隠れたままになる。無力なロランにできる、最善の行動だった。
 男の身体が、一歩の度に上下に揺れた。一緒になって上下する髪に、いちいち怯えてしまう。ピアスが見つかるはずない、とロランは無理に自分を元気づけた。






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