それは、物だった。地面に伏せった勇者と亡霊は、物だった。
 ただの抜け殻よろしく、呆然と立ち尽くしたロランの耳に歓声が運ばれる。あと、泣き叫ぶような悲鳴。見開いた先に映るのは、絶望ばかりだ。
 びくり、と体が震えやっと周りに気づく。人の感情が混ざりあっておかしな色をしていた。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
 壊れたように、この言葉ばかりが生まれた。繰り返し、何度だって。
 自分に問いかけても、何が嫌なのかは分からない。ファントムが甦るのは知っているけど、嫌だった。
 涙で崩れた顔を覆って、大声で叫んだ。嫌だ、と。喜びと哀しみに吠える民衆に、すぐにかき消されてしまうと知りながら。

「いやっ…だ…っう、ファント、ム…ファントムっ」

 地面に踞り、何度も死んだ人の名前を呼ぶ。ロランにとって両親よりも、大切な人。父のように、見守っていてくれた人。

ファントムと、

「あ…ペ、タさん」

 過った顔で、警告を思い出した。決して、民衆に見つかってはいけないと、施された約束。今、誓いを破って自分が死んだら、ペタはどう思うだろうか。
 ロランは止まらない涙を拭いて、立ち上がろうとした。力の入らない足は、命令を無視してその場から動かない。逃げなければ、その一心で這いずりながら進む。
 捕まってはいけない。ロランは涙がおさまるのを祈りながら、外を目指した。ARMを持たない今の自分は無力で、格好の不満のぶつけ場所だ。
 自覚した想像は、恐ろしいものだった。奥歯を噛みしめ、ロランは涙を堪えようとする。
 もがくロランの耳に、絶望が囁いた。誰かが階段を登ってきている。派手な音をたてられる立場に、チェスの兵隊達はいない。

「おいっ!大丈夫か!?」

 野太い声。見れば、十字架を背負っている。ああクロスガードだと、ロランは死を覚悟した。
 せめてただの人間であったなら、逃げられただろう。最悪の結末に、ロランは小さく目を閉じた。
ロランは知っていた。ごめんなさいは、ペタに届かない。
 ぎゅっと目をつむり、頭を両手で覆い隠す。砂ぼこりばかりの床に、這いずる様は惨めだ。顔が地面と接すると、必然に涙は砂を吸ってしまう。口に入り込んだ砂の苦さが、ロランの顔を歪ませた。
 刃を見ながら死ねるほど、恐れを知らないわけじゃない。






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