*裏切られた気分 「あ、」と。 ロランは城のテラスから覗き見た光景に、声をもらした。吹きでる血と、遠くに飛ばされた腕。間違いなくファントムのもので、苦痛に顔を歪めている。 冷たく張った空気が、愚鈍な観衆のざわめきに呑まれている。小難しい顔して、皆が皆、止まったファントムを見ていた。ぞわぞわ揺れる群衆で、悲しむ顔は、見えない。 小さく沈黙するファントムに、誰かが小さく「死んだ」と言った。一人から二人、更にもう一人。追加されていく人数に応じて、喜びの雄叫びが耳をつんざく。 嘘だと否定したいロランは、ファントムと離れた手摺から身を乗り出して息を吸った。 「っう、そ…」 今日が最後になることは、知っていた。教えられた。でも、ロランの描いた最後は、辛いだけの世界の最後。次には幸せがある最後だと、疑わなかった。 こんな風な、終わりは知らない。ロランは嫌々と首を振り、本能のまま涙を流した。絶え絶えの息で、「嘘」と繰り返す。まるで世界に、独りでいるみたいに。 ぐちゃぐちゃした人々の声に、叫びが混じった。それは喜び、よりも悲しみの。 震えていた大気が、唾を呑む。汗を垂らして、喜びを唄った舌をしまう人の群れ。 慌ててロランは、首をあげてぼやけた視界を拭う。 ファントム、が。 生きている、立っていた。たったそれだけで、もう戦えるようには見えなくとも。ファントムが生きている事実を抱いて、ロランは喜びに浸る。 まだ静まらない呼吸も、徐々にゆっくりと。吸う空気は冷たくとも、吐く息は暖かった。 安堵に沈めた頭から、急に不安の染みが広がった。さっき漏れた言葉は、聞かれやしなかったか。 見つかったら、怒られる。それでもロランは、ペタの目を抜けて、この朽ちた城に潜った。遠すぎず、近すぎず。ロランは一回だけ階段を昇り、そっと下を見下ろしてファントムの無事を祈った。 そこまでした、最後の争いの場所から、また。 地を揺るがす声が。先程と大差はなく、ロランは安定した地面が崩れる気がした。慌てて体制を立て直すロランの目に、亡霊と勇者が互いを貫く光景が。 手摺から身を乗り出して、食い入るように、見た。たった今、ロランの一番大切な人は、ぼろぼろに傷ついていた。 ぎゅっと祈り、思わず目を瞑って反らす。ファントムのもうない片腕から、血が沢山溢れて水溜まりみたいに。 戦争なんだ。誰が死んでも、誰を殺してもおかしくない。ペタに教わった事柄を、事実として認識するには、ロランは幼かった。 どこか、心の奥底には安心が横たわっていた。ファントムが死ぬわけないと、なんの確証もなく思っていた。 でも、でも。目の前の現実は、違う。 「ッ…ああ」 力なく崩れる影が、二つ。片方は憎い敵、もう片方は大切な人だった。 ⇒ |