悲しい、とはどういうことだろうか。記憶の中にいる、ダンナは確かにそう呟いた。今にも泣き出しそうに、笑っている。
 当惑するアルヴィスを無視して、時間は進む。思わず止めてしまった足を、再び動かしながらアルヴィスは考える。
 記憶の中に住むダンナは、いつも笑っている。時には、仲間と勝利に酔いながら。時には、絶望に立ち尽くす仲間を励ましながら。いつでも笑顔を絶やすことがなかった。
 そのダンナが、悲しく顔を歪ませる。殉した仲間に哀悼を?いいや、その顔は自分にむけられている。
 混乱するアルヴィスは、大きく息を吐き出した。両頬を叩き、気合いを入れ直す。

「ど、どうしたの?アルー」

 玉のような声。それまで大人しく肩に止まっていた妖精が、心配に声をかけたのだ。

「何でもないよ。それより早く、急がないと」

 そうだ。今は、そんなことを考えている場合ではない。懐古など、全てが終わってからやるものだ。
 考えるのを止めるんだ。…なあ、アルヴィス。考えてはいけない。人を憎んで、楽しいか?考えるな。人を殺すことを考えていて、嬉しいか?思い出すな。ファントムは許してはいけない、だけれど。思い出すな、思い出すな!考えては駄目だ。思い出しては、駄目だ。蓋を。記憶に蓋を。思い出してはいけない。駄目なんだ!
 思いだすと、きっと自分は迷ってしまう。疑問をもってしまう。思いだしてはいけない。戦えなくなる。進めなくなる。
 思いだすな。思いだすな!思いだすな!

『彼を、大切に思う人間だって、いるんだ。ファントムを殺せば、憎めば、お前も必ず同じぐらい憎まれる』

「そんな人間なんか、いない!」

 気付けば、叫んでいた。肩の上の妖精が、驚きに揺れる。小さく何かを言っているが、アルヴィスの耳には入らなかった。
 ダンナの優しく、残酷な言葉が、アルヴィスの意識を支配していた。

『俺は、お前に憎まれてなんかほしくない』

それは、戦うなということ。それは、誰も憎むなということ。それは








それでも憎むことをやめられないから、争いはとまらないのでしょう







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