殺してやる。


 後悔が、アルヴィスの胸を刺した。鮮烈な痛みは、体に刻まれた刺青よりも、罪の深さを認識させる。感傷に浸り自己を嫌悪する時間はないのを知りながらも、アルヴィスは激しい怒りに顔を歪ませた。
 チェスの兵隊の復活。この世界に生ける、全てのものが恐れた事態が起きてしまった。命を食い荒らす戦争が、再び始まったのだ。
 憎しみにまみれた戦場の再誕は、それを望まない人間を無視して成長する。ならばせめて、小さなうちに滅ぼすべきだ。それが、卵の殻がひび割れているのを知りながら誕生を阻止出来なかった己の、罪滅ぼしになる。一人でも多く人間を救って、一人でも多く敵を殺して、自身が背負った十字架を軽くすることを願ったアルヴィス。

『違う』

『そうではいけない』

 脳内を反響する声は、英雄と呼ばれたあの人のもの。後悔に押し潰されて、逃避してはいけないと警告しているのだろう。
 アルヴィスは頭を振った。全てを、救わなければいけない。世界を救った彼なら、そうすることを望む。不可能を知りながら、盲目であるように、夢のようなことを願う。
 ダンナは、最初からそうだった。幼い時に追い求めた背中は、未だ大きい。絶対に追い越せない背中は、酷く古い。過去に亡くした英雄の姿は、鮮やかであり続け、アルヴィスを叱咤する。
 仲間からの通信は、もはや悲鳴の塊でしかない。絶え間なく助けを求める絶叫に、鼓膜を揺らされたアルヴィスは走った。休むことは許されないことを理解しているから、力の限り。
 アンダータを仮宿に忘れたのは、失敗だ。よりにもよって、一刻も早く移動しなくてはならないときに、移動する術を置いてくるなんて。
 少しでも、早く。先を急ぐ心ばかりが、遠くの大陸を見ている。これでは宿に着く前に、体が根をあげるだろう。
 分かっている。それでも今は、急がなくてはならない。

何故ならこれは罰だから。
何故ならこれは義務だから。

 死んでいった仲間のために、手向ける花はファントムの屍でなくてはいけない。失ったものを埋めるのは、ファントムの血でなくてはいけない。
 ダンナ、さん。と、アルヴィスは誰にも聞かれず呟いた。懐かしい面影のあの人はなぜだか困った顔をしている。
 どうして、と問いかける元気はアルヴィスにはない。ただ今は、過去の全てを精算するために、走った。

ただ、ファントムを殺すために。




「悲しい、な」








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