「いつ?」

 眉の一つ、汗の一滴。なんの変化もさせずに、人形にも似たペタが尋ねる。
 絶望しながら、ガリアンは決意を固めた。逃げて知らない振りをしなかったのは、それだけガリアンはペタに本気だから。

「お前が、ロランを言い訳に使った日」
「…何故、再度訪れようとした」
「これだ」

 硬直した腕をゆっくり前に進ませて、ポケットで転がしていたARMを見せる。冷や汗で濡れてはいないだろうかと、的外れの心配をした。

「ああ…どうりで見つからないと思った」

 ペタは淡々とARMを、受けとる。慣れた手つきが、耳に飾る。渇いた瞳が、弱気な心を焦がしてやまない。

「言い訳でも、すればいいだろ」
「いいや…止めておく」
「後ろめたくない、のか?」
「……ああ」

 頭に血が昇るのと、腕が昇るのは同時だった。真っ白な視界に、ペタだけが浮き上がっている。
 渇いた音で、ペタの皮膚は紅く色づいた。手をあげたのだと、ガリアンが気づく前にペタは不適に笑う。
 鼓動は休みなく、走り続けて。呼吸を急かして、体温は昇り続けた。

「気が済んだか?」
「っ、そんなわけ…」

 ないだろうと紡ぐ予定だった言葉は、形になる前に消えた。いつでも口付けていた唇から、朱色の液体が。
 流れ出る血をペタは白い肌で拭い、見つめて笑う。目を細めたその顔は、ガリアンでも稀にしか会わないもの。

「謝らぬ、からな」
「謝る必要ないだろ。お前は被害者なんだから」

 ペタの物言いは奇妙な心地だった。まるで自分の犯した罪を、罪とも思っていないような。
 いいや。ガリアンは頭を振った。きっとペタは、イケナイコトとは露とも思っていないのだろう。
 愛と呼ばれる、甘い感情はあった。少なくとも、ガリアンは持っていた。
 だが、ペタは?尋ねられることのない、問に直面して知る。ペタの瞳に、ペタの風景に、何処にもガリアンはいない。

「…好きなのか、ファントムが」
「いいや」
「なら、何故!」

 ガリアンを見つめて、ほんの少し。間を作って、ペタは小さく息を吐いた。ペタの口端が、吊り上がっているのは気のせいではない。next


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