大切に積み上げてきたのになぁ


何もかも、奪われた。
 男は夕暮れに溶けないかと、切に祈った。次に考えたのは、誰かが殺してくれないかと。
 湿った地面は、膝を濡らし。丸い染みには汚れも付加されている。
 男の前には、焼け焦げた家だったもの。
 焼かれた家はとても脆く、喪ったものの大きさを量ることなんて出来なかった。
 昨日まで、朝まで、この家には男の家族があった。
 なにもかもが、灰に帰し。燃えかすは、骨を拾うことを許さない。涙がわりに、灰を掘り返して探す。
 なんでも。なんでもいいんだ。
 愛しい妻の端切れでも、無邪気な子供の断片でも。焼けた手で、黒い土をまさぐり、喪った証拠を探す。
 意地悪く認めることを許さないまま、男は諦めなかった。やがて太陽は姿を隠し、墨が空を塗り潰すようになっていても。
 男は、何度も掘り返す。
 渇いた唇で、諦めるものかと、呟いた。呪祖のように、それは男に絡みついた。離れないまま、男の手を動かす。
 何度でも。何度も。なんども。なんだって。
 ただ思い出が欲しい。幸せな記憶の欠片が、欲しい。確かに積み上げたものがあった、証拠が欲しい。

「父…ちゃん?」

がさ、と。揺れた叢から見慣れた、小さな躯。気づいたら、胸にあった。

「お前!無事だったのか!無事だったのか…良かったあ、良かった……」
「うん。でも、母ちゃんは…オレ、逃げ、逃げる…だけっ!逃げて、逃げた…」

 しゃくりをあげて泣く子供を抱く腕は、灰まみれだ。喪うものかと、胸が叫ぶ。

「大丈夫…大丈夫だよ。お前はよくやった…」

(父ちゃんがお前のことを、守るよ)

(そのためなら、駒にでもなろう)

(そう、守れるなら)


end
タイトルはエクリプスさんからお借りしました。



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