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 目の前で、微笑みを絶やさない人は、あっさり谷底へつき落とす。肺に落ちていった言葉のように、目玉の奥に落ちていった涙のように。
 違うんです。とは、どうしてもいえなかった。小さな子供のようだと暗に示す言葉。膝上で髪を結ってもらうのは、小さな子供だ。

「そう…みえますか?」

 震える声で、ききたくないことを敢えて尋ねる。落されたことに変わりない。ならば、と勇み足でいらぬことをする子供。

 探検気分で、進んだ茨の先には、魔女の呪いで、眠らされた姫君はいなかった。

「終わったぞロラン。早く膝から退いてくれ」

 いつのまにか解かれた髪には、綺麗な三つ編みが施されていた。

「あ、ありがとうございました」

 固くて居心地の悪い椅子から離れられると、ロランは揚々と地に足つける。温もりと、優しい香りは名残惜しかったけど、もう子供ではない。
 いつまでも、母に縋る赤子に成り下がりはしない。

「ペタさん…えっ、と……あ、これから…自分で、結びます」
「結ぶとは、髪をか?」
「は、い」

 細い三つ編みを幾重にも重ねた、複雑で繊細な髪型。我ながら、どうしてこんな髪なのか、甚だ疑問だ。ひとりで出来る自信はないのだけれど、多分いまよりはずっといい。
 子供扱いされたくなくて。肩を並べようと、必死で爪先に体重を任せる。同じ目線はもてなくとも、きっと近づくことは出来るから。
 仄かな望みを叶えるために、ロランは背を身長以上に伸ばそうと、しゃかりきになって。ぼろぼろになった体から、溢れる血を止めないでいたから、足元の血溜りはどんどん増えていく。いつかは、血に足をとられる。分かってはいるのに。

「大丈夫?独りでできるの?無理しないで、ペタに頼んだら?いいよね、ペタ」
「私は…構わない。どうせ、ついでだ」

 違うんです。そうじゃないんです。
 遠慮や、気後れではない。いうなれば、自尊心を守るため。ロランがした背伸びは、全く理解されないで。
 震える足は、体重を支えきれないで、いずれ崩れてしまう。そうでなくとも、血溜りはロランの足を滑らそうと、狙っている。

それでも、いまよりは。ほんの少しだけ高くなった目線でみえた景色は、代わり映えなく。もっと、もっと。と足を伸ばす。


「ほら、できた。やっぱり可愛い」

 最初に綺麗だといったのは、誰だったろう。
 彼女たちのいう、完成された女の子みたいな自分。上から次々と称賛の声が降る。恥ずかしくて、すっかり茹であがった、顔を伏せる。

「あら、ファントム。丁度いいところに。みて」

 まるで飾り物のような扱いにも、慣れた。もう、だれにみられても構わない。
 それでもやっぱり恥ずかしくて、まともに顔はあげられない。どうしよう、きっと笑われる。

「へえ。可愛いもんだね。この髪も凝ってて、よく似合うよ」


それから僕の背伸びが始まった。




end


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