追いつきたい
追い越したい



背伸びの分だけ縮んだ身長


「空はどうして青いのか知ってる?」

 ときどきファントムは意地悪だ。答えられないと分かって、質問するのだから。
 肩までかかった茶色の髪をペタに梳いて貰いながら、ロランはううんと唸った。髪が結えるまでの暇潰しにしては、難しすぎる。
 どうにも座り心地が悪い。ペタの膝の上で足をばたつかせる。激しく動いたことを、ペタに戒められてしゅんと肩を落とした。ごめんなさい。と小さく謝って、なるべく頭を揺らさないように、まだ器に空っぽの知恵を絞る。

 ペタの神経質に細い指はいとも簡単に、ロランができないことを成し遂げていく。滑りやすくて、細くて、結いにくい。確かにそう、ファントムに愚痴を溢していたのに。三つ編みは順序よく、完成されていく。
 長く整えられた爪が時折頭をひっかくのと、膝の座り心地がよくないこと以外は、完璧で。ほんのり漂う甘い香りは、女の人の香水と違って、優しい。


「この子、本当に男の子?」

 最初は誰だったのだろう。
 おんなのこみたいなロランを、揶揄を込めた着せ代え人形にしたのは。右から左、川の流れみたいに、体を攫っていく。香水と化粧に揉まれて、やっと息継ぎをしても、水に写った自分の顔は女の子だった。
 どうしようもなく、嫌でこっそり瞳に涙を溜めた。唇に引かれた、真っ赤な線も。頬を不自然に赤くする粉も。女の子が着るドレスも。それらが全て似合ってしまった自分も。
 上から注ぐ、感嘆と嫉妬の溜め息。まるで、女の子みたいに可愛いと、媚た笑顔を惜しげもなく披露された。
 ちっとも、嬉しくないです。ぼくは、強くなりたいんです。
 こんな綺麗な顔なのに、勿体無いと、いわれて居た堪れない。
 ちがうんです。ぼくがほしいのは、こんなものじゃないんです。
 もがいてもがいて、川岸にかけた手を、細長い指は残酷に離す。精一杯の抗いも、一蹴されてしまう。程よく肉づいた太股の座り心地はよかったけど、それ以外は全て嫌だった。鏡面には、確かに女の子のような自分。
 遂に髪まで伸びた手は、要領よく三つ編みを編んでいく。もう少しで、完成するよ。とは、一体なにが完成するんですか。

「苦戦してるねぇ」

 からかう声はロランを通りすぎて、その上。いつもより時間がかかりながら、いつもの半分の成果。

「ああ…ここも絡まっているな。どうしてこうも、絡まりやすいんだ?」

 ことり、鏡面台に置かれた木製の櫛。金属よりも、子供の頭を傷つけないから、とファントムが持ってきたのは、ロランがこちらに連れてこられたばかりの頃。
 無駄な装飾がない分軽いそれは、すぐにロランの髪と馴染んだ。ファントムがいうには、とてもいい木が使われているらしい。しかし、それでも、細くて年中跳ね回る髪の絡まりは解けない。
 流れを阻害するそれが出来る度に、一つ、一つ、傷つけないように解いていかなければならない。骨の折れる作業に、毎朝ペタは苦心していた。

「あ…の……ごめんなさい」
 上目で窺った表情はいつもどおり。すえられた瞳、つぐまれた口。不機嫌なのか、上機嫌なのか、ちっとも分かりはしない。

「お前が気にする必要はない。それよりも、頭を動かすな」
「あ、はい。ごめんなさい」

慌てて、ゆっくり景色を正面に戻した。にっこり笑うファントムの瞳とかちあう。

「いやあ…こうしてみると、ペタとロラン。親子みたいだ」






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