潰れた瞳と
塞いだ耳で


act7.真実を知らない少女


ぽたり。

 血が垂れる音に、キャンディスは絶叫した。遥か昔に世界を呑み込んだ狼のように、空の上までも届くほどの咆哮だ。
 ただの痛みなら、こんな無様にはならない。ありとあらゆる痛みに耐えてきた体だ、今更悲鳴をあげる女々しさはない。
 耐えられなかったのは、心だ。片目が潰された痛みよりも、自分の身体が確かに損なわれたということが、遥かに恐ろしかった。叫び、喉を掻きむしるほどに。
 見えない。半分に減った視界は、酷く心細かった。半分が暗闇に包まれているなんて、下らない冗談みたいだ。

「ファントムぅ…どうして…」

 返答は、ない。慌てて周りを探しても、目を潰した張本人の姿はなかった。
 キャンディスはファントムを追おうと、立ち上がった。目を潰された理由は、どこにあるのか。問いかけたい一心で、震える足で歩いた。
 失言の覚えがないキャンディスにとって、ファントムの行動は不可解であった。会話をしていたら、いきなり目を抉られたとしか言い様がないのだ。会話の内容も他愛なくて、ファントムの機嫌は良かった。一緒に、笑っていたのに。
 ファントムを愛している、のに。
 震える足は、身体を支えることができなくなった。無様、そんな言葉が頭に浮かぶ。 それでも床に這いずりながら、キャンディスはファントムを求めた。
 求めても得られない答があることを、キャンディスは知らない。キャンディスは、知らない。
ファントムが愛を望まないことを。愛を、憎んでいることを。


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