「う……うう……」 アルヴィスの苦悶が聞こえた。呼吸は浅く、荒い。それでも何事かを紡ごうと、唇が動いていた。遺言になるかもしれないと思い浮かべて、背筋が冷えた。アルヴィスが消耗してでも伝えたい言葉を聞こうと、ロランは必死に耳をそばだてた。 「ファントムを追え、ロラン。お前にはその資格がある」 その口調は誰よりも優しい。諭すのではなく、事実を告げるような語調だった。信じられないと口に出す前に、アルヴィスの真剣な眼差しに行き当たる。そこに嘘の陰りはなく、彼は心底そう思っているようだ。曇天はいつの間にか晴れ渡り、ロランの心まで光をあてた。たった一人、陽光に晒される身のなんと頼りないことか。 二の句が継げない。ファントムの背を追い、共に生きる資格を持っているなど、ロラン自身は信じられなかった。 なぜなら自分は。 喉が焼けつくように痛い。眩しさに目がちかちかする。頭は重く、段々と痛みを訴え始めた。隅々まで照らされて、激しい感情の源泉に、とうとう思いあたってしまった。 ロランはずっとアルヴィスが羨ましかった。嫉妬していたのだ。醜く浅ましく、彼のようになりたいと思っていた。こんな風に無体を働いた相手にも、優しく思いやれるようになりたかった。 他人を傷つけ、苦しめるのは簡単だ。殺人はもっとも単純に自分の意思を示す方法だ。しかし、救うのは違う。利己を捨て去り、利他に生きるのは誰にでも出来ることではない。ロランの知る限りアルヴィスとあの男、それにペタぐらいだった。 だからファントムはアルヴィスを求めたのだろう。 こんな優しさ、知らない。どれだけ傷つけられても、アルヴィスの心は変質しなかった。かつて優しい人間は同じだけ他者を憎んでいると思った。ファントムがそうであったから、怨みと慈しみは同量存在するのだと。しかし目の前のアルヴィスはいくら敵を憎んでも、奥底には情けがある。殺したくない、戦いたくない、分かりあいたいと思っている。 無理だ。真似できない。こんな綺麗な魂は最初から持っていなかった。アルヴィスのように、息も絶え絶えに気遣いの言葉をかけるなんて不可能だ。ファントムが望むような人間にはなれない。 「これ以上、私を掻き乱さないで下さい……っ!」 無理だ。無理だ。それなのに、ファントムと共に生きたい。 一体どうすればいい。ファントムに望まれないのに、無駄に生きるのか。本当は死ぬべき人間なのに、生き続けるのか。本当に生きるべきは、ペタやあの男のような人間なんだ。それなのに、生き続けた。 どうすればいい。 なら、死ねばいい かつてあの男が言った言葉だ。夢の中で言われた言葉。 ああ、そうか。死ねばいいんだ。きっと本当はずっと願っていたことだ。ファントムに必要とされない愚かしい子供でいるぐらいなら、死にたいと。必死に気づかない振りをして、生きながらえた。しかしそれも今日で終わりだ。 アルヴィスの制止が木霊する。悲痛な叫びは、皮肉にもロランの心に致命傷を負わせた。 「どうか次に生まれてくるときはファントムと――――」 続きは言葉にならなかった。 end |