ロランは微かに目を細めた。酷薄な感情を唇に載せ、三日月の形に歪める。唖然とする彼らを嘲笑ったのだ。一人で立てないアルヴィスに、仲間と別れるのは不可能だ。最初から無理難題を押しつけて、出来ないだろうと見下した。 しかしアルヴィスは弱々しく笑った。ロランの思惑など素知らない、柔らかく優しい微笑みだ。整った顔立ちが際立つ、美しい表情だ。 「……分かった」 アルヴィスはロランの手をとった。伝わる熱に戸惑ってしまう。アルヴィスは無理難題に恭順の意思を示した。 つまり、仲間とはここで別れるということ。この先に宿敵が居ながら、アルヴィスは仲間をいらないと言ったのだ。苦楽を共にした彼らは今、意思を共有していない。 ギンタもドロシーも何か諫める言葉を探している。罠かもしれないと疑い、危険を説きたいのだろう。しかし誰よりも聡いアルヴィス自身を疑うことになり、結局は何も言えない。迷い子が行き先を決めかね、一つ所に留まっているのに似ている。アルヴィスだけが強固な魂を持ち、「いいんだ」と道を決めてしまった。ギンタたちを置き去りにして、アルヴィスはロランを見詰めた。 ロランは動けない。曇りのない眼に見詰められ、アルヴィスの真意をはかりかねた。青い、蒼窮によく似た瞳は純粋で、故にロランを追い詰める。眩しさに目を反らしてしまえば、辺りには暗闇しか見つからない。あんなに探した光だというのに、嬉しさは微塵も感じなかった。 ロランの困惑を他所にアルヴィスは一つ頼み事をした。 「肩を、貸して……くれ」 アルヴィスが一人で歩けないのは明白だったから、要求に従う他ない。アルヴィスの腕が首筋に載せられた瞬間、沸き上がったのは拒絶の感情だ。えづきそうになりながら、必死でアルヴィスを支えた。 暗闇に向かって歩き出した。アルヴィスと自重、二人分を背負ったロランの歩みは緩やかだ。そう長くない道程が永久と思える。光の射し込んだ扉はもう遠く、奥に近づくにつれて窓の数は減っていった。照明といえば弱々しい蝋燭だけで、闇は濃くなるばかりだ。すっかり身を任せたアルヴィスの重みが、信頼の証のようでいて不愉快だ。 もしかしたら、と淡い期待が生まれた。ファントムが諦めた夢が叶うのかもしれない。アルヴィスが心を入れ替え、永遠に賛同するのだ。喜ばしい予感である筈なのに、ロランの心は晴れなかった。 「うう……」 また、アルヴィスが苦痛を紡いだ。掠れた声が痛みのほどを物語っている。全身を廻る呪いは、鎖のように彼を縛り、痛みを与える。 ファントムはかつて、ゾンビタトゥを呪縛だと言った。一人では寂しいから束縛するのだと。ロランはそれを悪いと思ったことはない。ただ一人、アルヴィスだけが否定した。何度思い返しても忌々しい。お前に何が分かるんだ。いつも仲間に囲まれているお前に、一体何が。 胸には憎悪しかない。唇は悪意の僕となった。 「アルヴィスさん……覚えています? 私たち、ずっと前にもお会いしたことがあるんですよ」 → |