彼の人の死を認め、忘れ去ろうとする狂気だ。光と希望と喜びと快楽、それら全てを失ったようにファントムは呟きを続けた。断末魔よりも凄惨な言霊は、ロランの魂も打ち砕きうる力を持っていた。耳を千切り、目玉を抉ってでも現実から逃げ出してしまいたかった。

「僕は、僕には……無理だ。彼をもう一度……また、あの冷たさを……ロラン、お願いだ。僕の知らない何処かに、彼を連れていって欲しい。思い出せないぐらい、深くに……」

 それきりファントムは語らなかった。小刻みに震えているのは、傍らの熱を失ったせいだろう。空白の冷たさに怯え、動けないでいるファントムは、小さな子供のようだった。虚ろな目をして、未来を見失った迷い子に、ロランは何も出来ない。淀んだ瞳から涙が零れないのが、却ってファントムの哀しみを表している。音にも形にもならないのだ。
 ロランは無言で退室した。逃げるように早足で、ファントムから目を背けたのだった。そしてその足で、不毛の大地を踏んでいる。人の踏み入らないこの土地は、かつてペタに連れられて来た場所だ。彼との思い出で造られた身体が、今は彼を捨てるために動いている。噛み合わない精神と肉体とが、錆びた鉄鎖のように不格好な音をたてた。崩壊を誤魔化すために、一心不乱で穴を掘った。
 墓穴はまもなく完成した。ロランは疲弊したまま、ぼんやりと虚ろの淵を覗いた。奥底は闇に呑まれて見えないから、ペタも二度と空を見ることがないだろう。おぞましい所業であると改めて震えても、中断は不可能だ。

全てが終わった頃には、夜は朝へと変貌を遂げていた。

 墓石は立てない。目印もなく、荒野の真ん中に埋めた。もう誰にも見つけられないだろう。誰も彼の人を害することも傷つけることも、思い出すこともなくなる。不自然に色が違う土がやがて馴染む時、ペタはなかったことになる。
 忘れられてしまう。ペタがいなくなってしまう。土に溶け消えて、死の事実も生の記憶もなくなって、無へと還ってしまう。
 なんと残酷なことだろう。ロランは心に蓋をする代わりに、再び土を重ねた。矛盾だと知っても、衝動を消すことは出来なかった。うず高く積まれた土の下、ペタが眠っている。決して掘り返されることがないように、執拗に土を押し固めた。金属越しの感触が嘘に思えて、ロランはスコップを放った。両の手で、土を押し込めた。べたべたと残っていく手形が、墓地を取り囲んだ。まるでペタが中から救いを求めているようだ、なんて酷い妄想を抱いた。
 そうであったらどんなに幸福か。生命の鼓動を探すために、ロランは地面に耳をあてがった。沈黙が聴こえて、力なく横たわる。横目で仰ぎ見た空は白く輝き、ペタの死を弔っていない。世界から見たら、命はこんなにも軽く、意味のないものだ。
 悔しい。悔しい。悔しい。憎い。どうして死んだのがペタなのだ。沢山の人間が憎悪を売り買いしている。憎しみなんてありふれているのに、なぜ彼だけが復讐の刃に倒れなければならなかった。

「どうして! 」

 ロランは叫んだ。ほんの少し、音は地面を揺らした。それが夢想でないことを願うが、多分それでも世界は狂ったままだ。土は固く冷たく、ロランを拒み続けた。いつか寝転んだ夜はもっと柔らかく、暖かかったと思い出す。幼い頃に孤独に潰されて、こうして一人空を見ていた夜があった。あの時、起こしてくれたのはペタだった。
 だけど、もういない。未だににこうして一人の空虚に溺れてしまうのに、救うものはもういない。
 一人では立てない。そしてそれはファントムも同じだ。彼も孤独ではいられない。誰かが支えなくてはならないと、ロランは知っていた。それなのに、見捨てた。

あの時、ファントムは助けを求めていたのに。

end




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