*微笑ましい光景

 地の底はどれほどの深きにあるだろう。黒く褪せた大地を掘り進めながら、ロランは考えた。岩盤のような土に遮られ、額から玉のような汗が落ちる。夜明けを目前とした清謐で冷涼な大気でも、疲労は覆い隠せなかった。肺腑はひっきりなしに収縮を繰り返し、鼓動は忙しなく全身を回る。倦怠感を纏った腕が、金属のスコップを重いと訴えている。指先に僅かな痺れを感じても尚、ロランは暇を挟まなかった。
 疲労はむしろ好都合だ。行為の意味を考えずに済む。ロランはすがるように体を酷使し、経過した時間を忘れた。ただ地面の残骸が、吐瀉物のようにどんどん散らかっていく。
 汚い。美しさなど微塵もありはしない。これが生命を育み、人々に礼賛される大地かと嘲笑ってしまいたい。足場がなければ命は全て失われるというのに、大地は底に死者を貯めている。まるで奪うために、生み養っているかのようだ。ロランは憎しみを振り払うために、地面を深く抉った。感情すらも忘れてしまいたい。
 穴が広がっていく。無心でいたロランは成果を実感して、ほくそ笑んだ。固い土に慣れたと、油断した天罰だろうか。かつん、と甲高い音がしてスコップが跳ねた。石とかち合ったのだ。耳と手から侵入した衝撃は、すぐさま全身を駆け回った。それに頭の芯すら穿たれ、ロランは思考してしまった。夢から醒めたかのように、脳裏に様々な思いが巡った。

 どれだけ掘れば、死者と会える。無垢な頃、無邪気に質問したことがあった。その時ファントムは困った顔をしていた。助けを求めるように視線をさ迷わせ、やがて意を決して語ったのだった。

「死んだ人にはもう会えないんだよ。地面の中に住んでいるわけじゃないんだ」

 ロランはその時の衝撃を忘れない。人を埋めるのは、黄泉の国に送り出すためではないと知ったからだ。人々はただ己のために死人を埋葬し、蓋をするのだ。死者のためではなく、生者のために世界は回っている。
 なんと醜いことか。そして両親を埋葬した己もそこに含まれてしまった。死から目を逸らす人々は、遠ざけられた死人たちの悲哀など少しも考えていない。穢れだと罵られ、言葉ですら触れられない死者はどれだけ孤独なのだろうか。
 ロランは死を隠したくなかった。墓場など、利己の証明に他ならない。それならば何故、己は穴を掘っているのだろうか。考えたくない。考えたくない。考えたくない。
 闇と冷たさと孤独で出来た穴。そこに人を押し込めるなんて、残酷だ。それでもやるしかない。
 何故か。なぜか。理由がある。それがファントムの望みなだからだ。

 ロランはペタの墓穴を掘っていた。

 思い至ると同時に吐き気がした。しかし手を止めることは出来ない。寒さを思わせる冥府の口は、もう少しで一人を呑み込める大きさだ。ここにペタを隠してしまわなければ、ファントムが壊れてしまう。
 眠るような死を最上とするなら、ペタの死は最低だ。悲愴で出来た亡骸を間近で見たファントムの苦痛は、推量できるものではない。ペタを傍らに置き続ければ、それだけで心は磨耗するだろう。
 ファントムは恐怖を抱いたのだろう。ほんの少し前の記憶を辿り、ファントムの顔を思いだそうとした。回顧には苦しみが伴い、胸は痛みに叫ぶ。歯を食い縛り、それでもと脳裏に描いた光景は暗闇の最中にある。舞台は悲劇で組み立てられ、憎悪で彩られていた部屋だ。そこの静寂に呼吸が浅くなったのを、ようやく思い出した。
 ロランは祈るように黙っていた。絶対の神の啓示を待つ修道者のように、ファントムの言葉を望んだ。どれほどの沈黙が続いたのかは分からない。

 ファントムは言った。

「来てくれてありがとう。今日、呼んだのは頼み事があるんだ。君にしか頼めない、大切な」
「なんでしょうか」
「うん……ペタをね、埋めて欲しい」

 それは絶望だ。







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