孤独の道すがら噂を拾った。不気味な噂は妙な真実味で以て、ハロウィンの興味を惹いた。

「裏山の奥に魔女が住み着いた、か」

 舌で転がしてみれば案外と馴染んだ。怪異に触れる噂はごまんとあるが、魔女に限れば少ない。この魔女が真実カルデアの魔女を指すのか、それとももっと別の何かなのか。その魔女はいつ引っ越して来たのか。尽きない疑問は、尽きない興味の表れだ。
 子供の戯言かもしれない。森深い山に登っても徒労に終わる可能性の方が高い。しかしハロウィンが喜び勇んで魔女を探しに行ったのは、代わり映えのない世界に飽いていからだ。獣よりも餓えた眼差しは、未だ見ぬ魔女に向けた。その魂すらも貪り尽くせば、退屈は少しでも紛れるだろうか。
 ハロウィンは枯れた風景を楽しんだ。木が、草が、死に向かう季節だ。投身する枯葉がこれからを暗示するようで、ひどく愉快だった。地に這う脱け殻を両足で蹂躙せしめれば、面白いぐらい泣いた。
 順調なハロウィンの歩みを止めたのは、匂いだった。感情とは異なる欲望を刺激する食物の香りは、山の更に奥へと続いている。誘いの手を掴み、迷いなく進んだ。魔力を隠すつもりはなく、むしろ誇示するかのように高める。
 こちらに気づけと蔑み笑う。未だ見ぬ魔女よ、俺に喰われろと。喉を歪めて、夜霧のような息を吐いた。赤い葉が一枚堕ちた。

「いるんだろ、分かってるぜ」

 ぐずり、ぐずり。人の皮が剥がれていくような心地がする。たった一枚の膜により人の形を留めていたハロウィンは、それすら失いそうだった。炎で焼け焦げた身を更に化け物と貶めるのに、何の感傷もわかない。
 ハロウィンは笑った。その眼前には打ち捨てられたような小屋が一棟、建っていた。崩れ落ちそうな外見とは裏腹に、新鮮な食べ物の香りに満ちている。
 気配も魔力も、歩む音すら隠す気はなかった。略奪の宣言は高らかに行われなければならず、絶望は双眸に収められて然るべきだ。ハロウィンは勝鬨のような鬨をつくった。
 大気は震え、沸騰する水のように逃げ場を求める。やがてそれらは疾風となり駆け出し、身代わりに幾重もの木の葉を蹴り落とした。ハロウィンは快く生け贄を灰にし、ARMの馴染みを確認する。
 しかし全ては無駄な行為に終わる。現れた魔女によって、魔力は雲散霧消してしまった。破裂するだけだった殺意も失せ、ハロウィンには何も残らない。
 魔女に力はない。魔力も殺意も、ハロウィンが殺した。
 山奥に巣食う魔女をハロウィンは知っていた。

「やはりあなたでしたか、ハロウィン」
「ロコ……てめぇ」

 魔女は幼い少女の形をしている。世の全てを見通した瞳で、恐れもなくハロウィンを見つめる。吸い込まれそうな水晶体に映るのは、困惑するハロウィンだった。夜闇に呑まれた顔馴染みに、ロコは静かに続ける。

「そこに居られると邪魔です。さっさと入って下さい」
「お、おお」

 ハロウィンは間抜けな返答しか出来なかった。戸惑いに身を任せ、促されるまま粗末な小屋に足を踏み入れた。妙に暑苦しい室内には、驚くほど何もなかった。ハロウィンを誘惑した鍋だけが、くつくつと煮えているだけだ。

「おいおい……何だよ、こりゃあ」
「家ですよ、ロコの」
「んなこたあ分かってるんだよ!」

 その威嚇にロコは脅えない。仕方がないといった風情で、肩を竦めるばかりだ。幼児の大人びた振る舞いが滑稽に見えないのは、ハロウィンが彼女の中身を知っているからに他ならない。冷めきった視線は達観した彼女に相応しいはずなのに、胸が酷くざわついた。

つぎ





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