なない孤独(3)

「なぜですか?私が不死になったところで、戦力や士気にそれほど影響があるとは思えません」

 「そうですよね?」と、ペタはオーブに同意を求めた。オーブは躊躇なく頷き、ファントムは孤立する。理屈を振りかざせば、ファントムの行為は全て無意味となる。理論を唱えることも原理を見つけることも、ファントムには出来ない。胸に広がる衝動に理由はなく、ただ自ずから湧いた恐怖だ。

「……僕は怖いんだ。失望した?」

 ファントムは力なく笑った。落ち窪んだ眼窩は疲労を吐露している。もはや繕うことを忘れ、みっともなく弱さを曝けだす。相対した友人の溜め息を恐れながら、虚勢がわりに音のない笑みを貼りつけた。影を伴わないと自覚しながら笑い続けたのは、ファントムが辛苦のための表情を知らなかったためだ。

「怖くて、怖くて、息もできない」
「だから私に不死になれと?貴方の孤独を埋めるためだけに?」
「うん。勝手だね」
「存じております」

 ペタは苛立ちを隠しもせず、荒々しく髪を掻き上げた。神経質に細い髪がしなやかに流れ落ちる。降り注ぐその様は滝のように柔軟で、彼そのものだ。何者も塞き止めること能わず、冷艶に佇んでいる。彼はただひたすら、縄直に進むのだ。
 ファントムは羨望を抱えていた。真っ直ぐに動き続ける彼は、まさしく強い。魔力が上回っていようとファントムはペタより弱かった。比べ物にならない彼の強さへの憧れは、友情を越えている。

これは慕情と似て、恋情と同じだ。

「ごめんねペタ、君が好きだ」
「私もお慕い申し上げております」

「嘘つき」

 ペタは動じなかった。せめて彼に動揺が見られれば、望みはあったのかもしれない。しかしペタは顔色一つ変えず、嘘を突き通した。冷徹な瞳に何の炎も灯せず、ファントムは無力感に苛まれた。

思い知らされる。

 ペタにとって、ファントムはどこまでもナイトの司令塔なのだ。それ以上の価値を見出だすことはない。言ってしまえば、個人としてのファントムは邪魔なのだ。私欲のため、最大限に利用している。
 だから簡単に偽れる。平然と裏切りにも似た偽証を繰り返す。まるで自身が憎んだ人間達のようだ。厚顔で恥知らずな愚か者どもと同じく、ペタはファントムを傷つける。それでも嫌えなかったのは、ペタが強いからだ。ファントムの持ち得ないその真っ直ぐさは、アルマでありディアナだった。
 望んでしまう。眠れない夜を、癒してくれるのではないかと。悪夢に魘され続けるのをそっと終わらせてくれるとしたら、ペタの直向きな強さだけだろう。自身のために前だけ見ている彼は、迷うことも止まることもない。惑わないその歩みで、どこまでも連れて行ってくれないか。

「君たちは残酷だ。でも嫌いじゃない。嫌いになれないよ……! 」
「そうですか。それは何よりです」

 ペタはそう言って微笑むだけだった。何の感慨をも含み持たない感嘆だ。白々しく、少しの真実味も帯びていない。そんな彼にファントムは精一杯微笑み返した。
 これは悲劇と評されるのだろう。傍らに佇むオーブであったら、喜劇と笑うかもしれない。何れにせよここに現実はなく、生の実感は息を殺している。生命の尊さが意思決定にあるのなら、その意味でもファントムは生きていなかった。焼けつくような憎しみも、絶望のような孤独も、確かに所有している。しかしそれらは都合良く肥大させられ、操作されている。人類を嫌うオーブによって、ファントムは悪意を撒き散らす塊となるのだ。理解しながら抗えないファントムにそれを止める手立てはなく、僅かな愛を必死に伝えた。それだけが、ファントムの生きた軌跡に成り得たから。

「好きだよ、好きだ……永遠を生きて」
「貴方にそれは必要なのでしょうか?」

 ペタの声は冷たく響いた。彼はどこまでも職務に忠実だった。ファントムは悲しみを隠すために、音なく頷いた。沈黙は感染し、ペタもまた無言で不死を肯定した。互い違いになった気持ちは置き去りのままだ。

 この歪んだ夜に、オーブは呟いた。

「不幸だな。生きるというものは」



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