なない孤独(2)

 涙を振り払うようにファントムは魔力を溜めた。耳に取りつけたARMは通信用で、ペタだけに繋がる。夜半過ぎ、彼の睡眠を予知しながらもファントムは止めない。何度も何度も、ペタからの返事があるまで呼び掛け続けた。罪悪感を持ちながら、ペタの声を望む己を嘲笑う気にもならない。気だるげな音声ですら、ファントムには福音であった。

『何かありましたか……こんな夜中に』
「うん。あのね、僕のとこに来て欲しいんだ」
『それは直ちに、ということでしょうか。それ程重大でしたら用件を先に』
「いいから早く! 」

 溜め息の後は肯定だった。承認の言葉にファントムは安堵する。真似事のような主従関係でも繋がりには違いない。どんなお粗末な形であれ、ファントムはペタを繋ぎ止めておきたかった。孤独にならないためだけに、独占を望んでしまった。ペタの意思を無視して保たれるような脆さでも、構わなかった。
 静かに通信は絶たれた。魔力の通わなくなったARMにすら、嫌悪を感じる。ファントムはそれほど追い詰められていた。狂気に支配され、闇から逃げ惑っている。呼吸すら必要としない身体に成り果てようとも、心は捨てられなかったから。
 滑稽だ。かつて人間に怒り、憎み、命をあり方を変えた。それなのに世界でたった一人の不死身を悔い、同類を求めている。何処に行こうと何時になろうと異形であることは、牢獄に囚われていた頃と何一つ変わらず孤独だ。どう足掻いても柵を越えられず、外界に焦がれて年月を重ねるのか。

「嫌だ。僕は、一人はもういやだ……! 」

 オーブは答えない。彼は悲痛な叫びに語る言葉を持たないのだ。
 ファントムは残酷であると糾弾出来ない。非難に足る信頼を持ち合わせていないのだ。

 歪な沈黙だけが落ちた。月明かりが二人を照らして、笑う。優雅に部屋を見渡し、不釣り合いなことに気づいたのだろう。華美な装飾が施された室内にファントムは似つかわしくない。まるきり死人の顔をして、典雅さを無くしていた。
 清謐というには汚れていた。暗黒と月光の境界は滲み、ファントムは見失う。自室にいる筈でありながら、ここはまるで知らない世界のようだ。緊張して生唾を飲み込めば、喉の渇きを感じてしまう。
 ファントムは待った。自己を不安定な足場に乗せながら、ペタの来訪まで必死に耐えた。早く早く、と乾燥した唇で囀ずってから幾分か、ようやく望んだ打音は現れた。平静を装いたくとも、「入って」とだけ掠れた声で呟くのが精一杯だった。

「よく、来てくれたね」
「当然です。私はあなたに忠誠を誓っています。あなたの望みなら何でも叶えますよ」

 虚構だ。笑顔の裏に焼けつく痛みを隠し、ファントムは曖昧に頷いた。ペタの唇から生まれた嘘は、その意味を知らないまま消える。そうして積み上がった偽りの分だけ、互いに傷つけ合うと気づけずにいる。

「それで御用は?」

 ペタの瞳はひたすらに黒く、澄んでいた。胸を貫く視線はファントムを不安にさせる。身勝手さと傲慢を自覚しながら、ファントムは傷を負った。それを表出させられないのは下らない意地のせいで、矜持なんて立派なものではなかった。表面ばかり磨かれた玉はいくら美しくとも脆い。割れてしまえば汚ならしい破片を吐き出し、美を保つことはない。ファントムもまた弱さを隠して、上辺の強さに頼っていた。

しかしそれで何が変わった。

 生を貫くための不死は、心を腐食しただけではないか。少しも強くなれなかったばかりか、一層脆弱にしただけた。この先、世界の滅びまで死ねぬというけれど、その前に己は消え失せるだろう。精神の崩壊した脱け殻が、ただ残るだけだ。虚飾の強さの果てには、○○だけが転がっている。

「僕は君にゾンビタトゥを入れて欲しいんだ」

 決意は静かに告げた。身を切られる痛みに、笑うことも出来ない。孤独は辛いと知っていたから、見栄を張らないことにした。頼りなくて弱々しい己さえ受け入れよう。

だから、一人にしないで。



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