鞭がお望みかい?
斧をくれてやろう



act3...表と裏



神様なんて、信じたこともない。

 あの母親は、毎日鞭を振るうのだ。血の繋がった子供に、細長い痕を残して。
ヒステリックに叫びながら、何度も鞭を体に刻む。それは日常で別段苦しくもなかった。
 母親はそういう生き物で、子供はこういう役割なんだと思っていた。外には数えるぐらいしか出して貰えず、他人との交流なんて一度もなかったのが原因だ。
 朝は仕事をして、夜は打たれる。一日を単純に過ごして、痛みにも慣れてしまう。
皮膚を焼く痛みだって、肉を蝕む苦しみだって。それが当然なら、涙もでない。そもそも、涙を知らないのだ。

 それが崩れたのは、母親が男を連れ込むようになってから。
 恥ずかしいことに、それまで男という生き物を知らなかった。子供心ながらに、その生き物は恐ろしかった。
 あの母親を殴るのだ、男は。自分にとっての絶対者が、世界の絶対者ではないことを初めて知った。
 でもそれは有り難かった。母親は男に殴られるので一杯で、鞭を忘れた。母親の痣が増えるかわりに、あの細長い痕は消えていった。

幸せ、この時は幸せだった。

 ある日、男が消えた。母親は鞭を思い出して、昔の日常がやって来た。痛みを忘れていたのを、母親は愉快に嘲笑った。
 ぼんやりした頭で、どうでもいいと思った。痛みも、苦しみも、希薄になったのである。
 母親はそれがつまらなかったのか、小さな子供を連れてきた。男であったが、それは誰よりも弱かった。
 涙と涎をぐちゃぐちゃに溢していた。守りたいと思った、けど勇気はなかった。
 母親は殴る。男は泣く。繰り返された日常に、腹がたった。何も出来ない己に、腹がたった。
 母親が死んだ時のことは、よく覚えていない。

 だけど斧に血がついたとき、男は笑っていた。

 私の人生で、一番の幸福だった。



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