*子育て日記

 耳障りな音が静寂の森を揺らした。金属がその身を削り合いながら交差し、甲高い悲鳴を上げたのだ。幾度も耳にしながらも、ロランはこの叫びを嫌った。艱苦に満ちた表情を隠すことはなく、しかし甲走った音色を響かせ続けた。
 音は何度も森に木霊した。生物は音から逃げ去った後で、枝には鳥の姿はなく、地を這う虫けらの痕跡すら見つからない。ロランはそれを罪悪だと自覚しながらも、演奏する手は止められなかった。静謐は相応しくなく、ここには鋭く尖った刃だけが吻合する。それを証明するかのように、皮膚を裂く鋭さが、ロランの頭蓋に躊躇なく降り下ろされる。

 死の宣告に似た一撃に、ロランは腕を差し出した。

「無謀な……」

 忌々しそうに吐き捨てられた。竦むこともなくロランは笑った。

「でも、どうにかなりました」

 相対する刃に肌を滑らせることなく、指のARMで弾いた。衝撃に痺れが残る手を振りながら、次を模索する。眼前の男に隙はなく、殺意すら感じた。
 暗闇だけを溜めたその男は、怯まない。恐れも脅えさえもない男とロランは渡り合った。気を弛ませれば、魂は呑まれてしまうだろう。ロランは張り詰めたまま、中指のARMに魔力を与えた。

「これで、終わりです」

 呟いて心を奮わせる。負けたくないと、呪詛のように繰り返した。敗北を忘れるために、己は鍛えてきたのだ。

五年を越える年月を、ひたすら。

敗れれば、それら全てが無駄になるような気がして恐ろしかった。

 緊張は沈黙となって二人を包む。ロランの心臓は早鐘を打ち、呼吸は乱れている。精神が荒立てば、魔力は衰える。平静を手に入れるため、ロランの隻手は胸元を探った。そうして布の上から握ったのは、一つの鍵だ。与えられた拠であるそれは硬く、ロランに安堵をもたらす。息を大きく吐けば、魔力も流れるようにARMに入っていった。
 そしてまた、金属が泣いた。重い暴力が拒みあう衝撃に、歯を食い縛って耐えた。限界と疲労を訴える肉体を酷使し、再度刃を突き出せど、簡単に防がれてしまった。失望する暇もなく、ロランは備えていた力を発揮させた。

それは殺めるための棘、レイピアウィップだ。

剣に似た形状は、欺くためにある。瞬時に持ち変えたその棘を、ロランは全力で叩きつけた。
 また届かなかったことは知っている。しかし鞭のうねりに合わせて生まれた爆発が、反撃を亡き者にした。ついでに生じた土煙に気配を紛らわせ、相手の魔力を探る。僅かな残滓を辿れば、自身の背後に行き着いた。無防備を晒してしまえば、即座に刈られるだろう。ロランは考察するまでもなく身体を反転させた。

「惜しいな、だが終わりだ」

 言葉はやはり背後から聞こえた。鎌の冷たさが背中に押し当てられているのが分かり、それの意味するところを知った。そして、声の主がいると思っていた景色には、ブラッド・スィリンジが佇んでいた。

「完敗です……魔力、わざと辿らせたんですよね?」
「ああ、そのARMを出した時点で、お前の狙いは読めたからな」
「まだまだ修行が足りませんね」

 壊敗したロランは力なく座り込んだ。柔らかな草の絨毯は心地好く、子供に帰って寝転がりたくなる。敝したロランを見下ろしたペタは一人言のように「強くなったな」と言った。その旋律に嘘偽りはなく、ロランは気恥ずかしさを覚えた。ペタからこうして褒めてもらったのは、初めてのような気がしたから。
 思えばいつも叱責されていた。そして、その待遇に見合うだけの愚かしさを有していた。小さな体躯から溢れていたのは、俗世に染まった劣等感ばかりだった。妬みと嫉みと僻みの全てを背負い、動けないと喚いていた。

その背にあるものを捨て去れば動けると気づいたのは、いつか。

気づいて尚もそれらを奥底に抱えているのは、何故か。

「……お前はまだ子供だ」





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