7.
「岬くん、たまには一杯どうだい?」
芝浦にそう誘われて、岬は芝浦と二人、居酒屋に来ていた。大人数でわいわいとやることはたまにあるが、芝浦と二人というのは珍しい。
暫く部下の話や最近あった出来事を肴にのんびりと飲んでいたが、会話が途切れ、少し間ができたあとゆっくりとした口調で芝浦が口を開いた。
「ーーあの事件の子に、会いに行っているそうだね」
「小谷に聞きましたか」
岬は水割りを一口飲み、その言葉に応えた。
「何歳だったかな。調子の方はどうだい?」
「9歳ですよ。推定、ですけどね。保護された頃と比べればだいぶ元気になりました。ただ、失声症を患っていて話せません。少し動いただけでも立ちくらみを起こしたり疲れやすいのもまだ治らないですね」
「そうか」
ヒカルのなんとも言えない状態に、芝浦は悲しげな笑みを浮かべて頷く。
「この仕事をしていれば、虐待の話はそう珍しい話ではないが…それでも、同じ親としてなんとも言えない気持ちにさせられるな」
「お子さん、今お幾つでしたっけ?」
「12歳と15歳だよ」
「もうそんな大きいんですね」
「歳をとるわけだと思うよ」
芝浦は笑いながらそう言えば、水割りを煽った。
「ーー子供は本当に愛おしいと思うよ。気がつけば、どんどん成長している」
「そうですね。こんなに成長が早いものかと思い知らされます」
本当に、この一ヶ月ばかりでヒカルは変わった。少しずつ、だが確実にいろんなことを知り、覚え、できるようになっている。
ヒカルのことを思い出すような優しい声音で話す岬を、暫し見守るように見つめたあと、芝浦は静かに口を開いた。
「私も仕事にかまけて妻に任せっきりだから偉そうなことは言えないが。…子供を育てるというのは、とても大変だよ。実の我が子でも、そう思う」
「…はい」
上司としての言葉ではない。それは、一人の父親としての言葉だった。
「君は結婚もまだだし、仮に結婚しようと思った時…こうは言いたくないが、君の足枷になってくることだってあるだろう」
「……」
芝浦の言葉を、ただ黙って受け止める。言葉を濁しながらも、芝浦が言っている話は、岬があの日冬野と話してからずっと悩んでいる話だった。
黙り込む岬の様子をどう受け取ったのか。
「ーー君もいい歳だし、しっかりしているのもわかっている。だから、そんな心配はしていないけどね。……後悔のない結論を出しなさい」
芝浦は優しい声音でそう締めた。
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