「部屋にいないと思ったら、こんな所にいたのかい?」

 テラスで見付けた小さな背中に声をかけると、彼女がゆっくりとこちらを振り返る。「リボンズ、何だか久しぶりね」。彼女はそう応え、「そうでもないよ」と僕は返した。
 実際、そう大して時間が経過している訳ではなかった。ただ、彼女の体感時間に限定するならば、その限りではないのだろうけれど。生憎、僕はそういった情緒を解さない。
 彼女の正面に位置取って腰を下ろすと、紅茶で満たされたカップが配される。いつものように三人分用意していたのか、ティーセットの中には更にもう一つ、カップが残されていた。

「……おじさま、亡くなってしまったんだってね」

 余ったままのカップを見つめて、ぽつり、彼女が声を落とした。カップを傾けながら、僕はそれに短く相槌を打つ。
 「わたし、これからどうすべきなのかな。出て行くのがベストだとは、思うんだけど」。続く言葉は意外と言えば意外だった。てっきり泣き言が続くかと思っていたのに、彼女が吐き出したのは、存外、現実的なそれだったから。
 今となっては、彼女がここに在る意味は皆無と言っていい。それどころか、もっとハッキリ厄介者と言っても差し支えない。彼女も、そんな風に周囲が自らを扱いかねている事に気付いているのだろう。だからと言って、彼女のような小娘には、出て行く当てもないのだが。

「ねえ、リボンズ、」
「だから僕が迎えに来たんだろう?」

 その瞬間、彼女はひどく不可思議そうな顔をした。
 彼女はそもそも僕の駒ではない。回収せずとも計画に支障など出る筈もなく、本来、どうなろうと知った事ではない取るに足らない存在。それなのに、僕自身、どうしてこんな事をしているのかは、終ぞ答えが出なかった。
 それこそ――、

「気が向いただけだよ」



降伏の条件
20111216
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