ああ、苛々する。苛々する苛々する苛々する!
 やり場のないその苛立ちを込めて、わたしは音声通信を終えたばかりの携帯端末をソファーに叩きつける。けれど、壊してしまっては厄介だと一欠片ほどの理性がかろうじて働いた結果のその行動も虚しく、投げつけた携帯端末はソファーの上で一度跳ねて、結局はフローリングの床に落下。その衝撃でバッテリーが飛び出した。「ああもう……!」。自分でやっておきながら、それにもまた苛々して、今度はわたし自身がソファーにダイヴ。
 苛々する苛々する苛々する。折角、珍しくも互いの非番が重なったのに、久しぶりに二人でゆっくりできると思っていたのに、今朝になってグラハムさんに急な呼び出しがかかったらしい。こんなときに限ってどうして。昨日遅くまでかかって念入りに選んだ洋服も、使うのを楽しみにしていた新色のリップも、意味を失うのは一瞬だった。
 それでも、わたしだって頭ではわかっているのだ。グラハムさんが悪い訳ではないことは勿論、こうなってしまっては怒ったって仕方ないことも。だから、電話口では何でもないフリをした。そうできた。そのくせ、こうして一人でコドモのようにヘソを曲げている自分が情けなかった。
 こんなことなら、わたしにも呼び出しがかかればよかったのに。そうすれば、きっと、こんな気持ちにならずに済んだのに。
 ああ、朝から最悪の気分だ――。

***

 ふと気が付いて身体を起こすと、窓の外に広がる景色は暗く、既にとっぷりと日が暮れていた。疲れが溜まっていたのか、いつの間にか眠ってしまったらしい。
 折角の休日を一日不貞寝して過ごしただなんて、あまりにも馬鹿らしすぎて少しだけ肩の力が抜けた。今、一体何時だろう。わたしは傍らのローテーブルに置かれた携帯端末に手を伸ばして、(……あれ、)。そこで違和感を覚える。
 確か、バッテリーの外れた携帯端末を床に放置したまま眠ってしまった筈。それなのに、手元のそれにはきっちりとバッテリーが入っていて、更に言えば、身体を起こしたせいでずり落ちたのか、足元にはかけた覚えのないブランケットが丸まっていた。

「ああ、ようやくお目覚めかな」

 そして、その答えはすぐに示された。聞き慣れたその声に振り向けば、「……グラハム、さん、」。グラハムさんは白い箱(なんだろ、大きさはそこそこある)をローテーブルの上に置くと、わたしの隣に腰を下ろした。
 「丁度良い。そろそろ起こそうと思っていたところだ」。ふわり。グラハムさんのてのひらがわたしの髪を撫で、額に口付けが落とされる。わたしはされるがまま、(そっか、携帯端末もブランケットも、グラハムさんがやってくれたんだ)なんて、ぼんやりと納得。それならそれで、また別の疑問が浮上するのだけれど。

「なまえ、今日はすまなかった」
「何しに来たの?」

 見事に被った。より正確には、わたしの方が少し口を開くのが遅かったから、グラハムさんの言葉を遮った形。厭味でも何でもなく、単純に疑問に思っただけなのだけれど、ストレートに言い過ぎたことも相俟って、結果的にひどく嫌な言い方になってしまった。「……なんと」。それでも、グラハムさんは特に気を悪くした様子もなく、ただ驚いたような声を上げただけだった。

「日付が変わる前に戻ってこられたことに安堵していたところだったのだが……よもや君からそのような言葉を頂戴しようとは。まさか、覚えていないのか?」

 覚えてないって、何を?
 グラハムさんが続けた言葉に、わたしは思わず首を傾げる。思い当たることと言えば、今日のデートの約束くらいしかないけれど、それにしたって、(それがフイになって不貞腐れていたわたしが言うのもなんだけど)まるで『絶対に今日でなければならない』ような言い方が腑に落ちない。この先もう一生休日が重ならないなんてこともないんだし、今日だって別に……あ。

「え、あれ、? 今日って何日?」
「その様子では、本当に忘れていたらしいな」

 ようやく話が見えてきたわたしにグラハムさんは苦笑して、さっき持ってきた白い箱に手を伸ばす。

「今日は君の誕生日だろう、なまえ」

 そうして開けられた箱の中身は、八つの欠片のひとつひとつがそれぞれ違うカットケーキの、少しいびつな形のバースデーケーキ。しかも、どれもわたしが好きなケーキばっかり。いつも、あれもこれもおいしそうで決められないってワガママを言うから、わざわざこんな風にしてくれたのかな。たとえ二人でだってこんなに食べきれる訳がないのに。

「……ばか」

 自分がひどく情けない顔をしていることを想像するのは容易だった。だから、わたしは隣に座るグラハムさんの肩に額を押し付けて、結局、それだけを呟いた。
 すき。だいすき。あいしてる。どんなに言葉を重ねたって今の気持ちを伝えきれる自信がないから、その全てをひっくるめて、小さく小さく。


(「あのね、その…………ありがとう」「礼には及ばん。君のその笑顔を見られただけで充分だ」)



ウソツキプリンセス
20110629
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