なんの因果か、徹夜明けでそれこそ死んだように眠っていた筈のわたしは、その瞬間、いっそ運命的なまでにすっきりと目が覚めた。
 とても起き抜けだとは思えないほど、今ならどんな難解な問題だって解き明かせそうなくらいにクリアな思考。けれど、そんな中わたしの脳裏に浮かぶのはたったひとつ、自らの大失態だった。
 ああもう、呑気に仮眠なんかとってる場合じゃない――今日は、グラハムさんの誕生日じゃないか!
 睡眠不足の上にちょっと仮眠をとっただけの万全には程遠い最低のコンディション、取りに戻っている暇なんてなかったからプレゼントも部屋に置きっぱなしで、ケーキだって当然用意できていない。それでも、時計を確認すると日付が変わるまでにはまだ少しだけ余裕があった。わたしは思わず仮眠室を飛び出した。確か、グラハムさんは今日は夜勤の筈だ。
 アテもなく廊下を走り回りながら、顔見知りの隊員を見かけては片っ端から声をかけていると、やがて休憩室で見かけたという情報にたどり着く。行き違いになっては困るからと、またわたしは走った。そうして休憩室が見えてくる頃には、すっかり息が切れていた。どう考えたって運動不足だ。
 けれど、息を整える間すら惜しくて、わたしはそのまま休憩室に突入。静かな空間に、わたしの息遣いだけがやけに大きく響いた。窓際で暗い空を眺めていたグラハムさんが振り返って、視線がぶつかる。

「なまえ? どうした、そんなに慌てて」
「だっ、て……誕生日、」
「誕生日? 君の誕生日なら、」
「ちがいます。今日は、あなたの誕生日だから」
「……そう、だったか?」
「けど、その……今は、何も用意できてなくて……それでも、」

 上手く言葉が紡げない。それだけでは飽きたらず、おまけに呼吸すら怪しくなってきた。
 情けない。普段からとても素直だとは言えないわたしは、こんなときでも変わらず素直になれないらしい。勢いだけでここまできたけれど、どうにも今のわたしはボロボロだった。

「なまえ、顔を上げてくれ。私は君がこうして駆けてきてくれただけで充分だ。……だが、どうしてもと言うのなら、なまえ。何もなくともとても簡単に、今すぐできることがあるだろう?」

 グラハムさんがわたしの手を引く。思わずうつむけていた顔を上げると、グラハムさんは少しだけ悪戯っぽく笑ってくれた。その瞬間考えることを放棄したわたしは、グラハムさんの首元に腕を回して、ぐっと精一杯背伸びする。

「生まれてきてくれてありがとう」

 二人の距離が縮む中、小さく呟いたのはたったそれだけ。


(それは、日付が変わる瞬間の こと)



嗚呼 なんて美しい夜なのでしょう
title:選択式御題
20110910(ハッピーバースデー!)
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