※劇場版後。暗い。


 それを知った今では、あのとき何もかもELSに飲み込まれて、わたしも死んでしまえていたらよかったのにと思う。

 朝、目が覚める瞬間が嫌い。今日も世界がいつも通り安穏と回っている現実に、何食わぬ顔して訪れる新たな一日に、吐き気がするから。わたしはいつも通りの絶望に苛まれながら、ゆっくりと半身を起こす。
 ELSと名付けられた金属異星体との争いが終結して早数週間。完全とまでは言えないにしろ、世界は概ね日常を取り戻したと言えるだろう。
 けれど、わたしに日常は戻らない。わたしの世界はどうしようもないほどに変容し、修復不可能なまでに歪んでしまった。いっそ呆気ないほどあっさりと、突然の幕切れを迎えたあの戦いで、わたしは、大切なものを永遠に剥奪されていたのだ。
 誰よりも何よりも愛したあのひとは、グラハムさんは、もういない。
 どんなに泣いて叫んだって返事はない。あの声がわたしを呼ぶことも、あの瞳がわたしを見つめることも、あのてのひらがわたしを撫でることも、あの腕がわたしを抱きしめることも、あの唇がわたしに口付けることも、もう永遠に、絶対に、有り得ない。
 何しろ亡骸すら見付かっていないのだ。どこを探したって、それこそグラハムさんはどこにもいない。いない。いないいないいない。どこにも。いないの。墓を建てたって形だけで中はからっぽ。別れを告げることすらできやしない。
 ……ああ、いや、違う。亡骸が見付からないとか別れを告げられないとか、わたしはそんなことが心残りなのではない。だとしたらあれは何なのだ。部屋の隅に無造作に投げ出された、あれは。
 おそらくカタギリさんが手を回してくれたのだろう(わたし自身は、グラハムさんの戦死が確定された当初それどころではなかった)。グラハムさんには家族がいないから、遺品のほとんどはわたしが譲り受けることになった。ごちゃごちゃと物を持つタイプではなかったから大した量でもないのだけれど。
 だと言うのに、世間一般に形見だの思い出だのと呼ばれるそれらは、箱詰めされたまま部屋の隅に鎮座している。本当は、あれと一緒に自分の気持ちも整理して、そうして立ち直っていくべきなのだろう。それはわかっている。周囲の人間がそれを望んでいることも。何より、グラハムさんだってそれを望むだろうことも。
 それでも、わたしはそうする気にはなれなかった。綺麗すぎる思い出に浸ってしまえば、きっとまたつらくなる。別れなど告げたくないと、より強く思ってしまう。結局、わたしはまだ現実を受け入れてなんかいないのだ。
 その証拠に、毎夜毎夜、飽きもせず全く同じ夢を見る。
 その夢の中で目を覚ましたわたしの隣にはグラハムさんがいて、そこでは現実こそが夢の世界。わたしは泣いて、グラハムさんは優しく笑ってくれる。「随分つらい夢を見たらしい。大丈夫。私はここにいるよ」。額に落とされるキス。その感触すらも鮮明すぎるほどに焼き付いていると言うのに、決まっていつもそこで目が覚める。朝が来て、わたしはたった一人きりで絶望的な現実に放り出される。
 今日だって同じだった。思い出してつらくなって、膝を抱き寄せてうずくまる。どうして、グラハムさんがいないのに、こんな世界で生き続けなければならないのだろう。かと言って、後を追って自ら命を絶てば、もし仮に死後の世界だなんてものが存在したとして、そしてその場所でグラハムさんに再会できたとして、合わせる顔がない。わたしを死に駆り立てるのがグラハムさんならば、わたしを踏み留まらせるのもグラハムさんだった。
 きっとわたしは、ここから一生進めない。


(せめて明日、世界が終わりますように)



あんたの遺体に縋って泣き崩れることすら赦されないのだ  と?
title:選択式御題
20110515
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