人は誰しも、少なからず周囲から求められる役割を演じながら生きている。例えば、俺自身(今ではむしろ気に入ってすらいるが、)状況だの何だのといった要因から自然とそうなっていったというだけで、兄貴分然とした今の立ち位置を、自ら積極的に望んだ訳ではないように。
 彼女だってそうだ。いつだって明るく気丈な彼女も、だからといってそれが全てだなんてことは決してない。悲しいこともつらいことも、涙を流すことだってある筈なのだ。それなのに彼女は、頑ななまでにそういった弱さを見せなかった。いつだって笑顔だった。
 あの日あのときあの瞬間まで、彼女の仮面は完璧だったのだ。

***

「なまえ」

 整備を終えたらしいデュナメスの傍に立ち尽くす小さな背中に声をかける。けれど、聞こえなかったのか返事はなく、「……んで、わたし……」。代わりになまえが落としたのは、独り言のようなか細い声。その声が少し震えていたことが気になって傍へ寄ってみると、かたく握りしめられたてのひらは、血の気を失って真っ白だった。
 「なまえ、?」。触れると、薄い肩がびくりと跳ねる。「ろっ、く、おん……?」。振り返ったなまえは、そこでようやく俺の存在に気が付いたかのように呟いて、

「ねえ、なんで、どうしてわたしはマイスターになれないの戦えないの、なんで……ッ」

 次の瞬間には、矢継ぎ早に紡がれる言葉の雨が降り注ぐ。両目いっぱいに涙を溜めて、こんな風に取り乱すなまえを見るのは初めてだった。
 更に言えば、その内容も内容だ。なまえはエンジニアとメカニックを兼務する傍ら、何らかの事情によってマイスターに欠員が出た場合に備えた補充要員でもある。その自らの立場を十分すぎるほど理解し納得していた筈の彼女が、こんなことを言い出す理由と言えば、思い当たるのはタクラマカン砂漠での一件以外になかった。四機のガンダム全てが鹵獲寸前まで追い詰められたあの出来事を受けて、なまえは、戦えるだけの能力を持ちながら前線で戦う術を持たない自らを、もどかしく思っているのかもしれない。

「戦えなくていいんだよ。だって、なまえは女の子だろ?」

 けれど、俺はなまえがマイスターでなくてよかったと思う。これから先、なまえがガンダムに乗ることもなければいいと。そもそも、こんな女の子に戦えるだけの能力が備わっていることが異常なのだ。
 かと言って、女だから守られろと言うつもりではない。ないが、それでも俺は、職業柄荒れがちな華奢で小さなこの手に、人を傷付ける引き金なんて引いてほしくなかった。たとえどんな理由があろうとも。
 けれど結果として、その言葉は些か不用意であったらしい。今にもこぼれ落ちそうな涙を拭おうと伸ばした手が、振り払われる。

「女の、子、? 頭の中身を散々弄繰り回された、わたしが?」

 自分の両手で乱暴に涙を拭って、なまえがわらう。吐き捨てるように嘲るように蔑むように。「わたしは超兵……戦うために作られたのに、戦えるのに……待ってるのはもう嫌……」。そのくせ、拭ったばかりの涙が再び滲む瞳も揺れる声音も震える肩も、どうしようもなく頼りない。

「超兵だか何だか知らないが、お前は、仲間を心配して涙を流せる優しい普通の女の子だよ」

 この小さく脆い存在が女の子でないのなら、他に何だと言うのだろう。
 細い身体を引き寄せて、抵抗する間を与えず抱きすくめる。「そう思い詰めなさんな。なまえには、他にもできることがあるだろ?」。それでも、最初は「でも」とか「だって」とか言って暴れていたなまえもやがておとなしくなり、後に残されたのは噛み殺された微かな嗚咽だけだった。


(おまえを泣かせるようなそんな情けない姿はもう決して見せないから、だから、)



痛いと涙を零す前に辛いと苦しいと云って欲しかっ た
title:選択式御題
20110513
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