GNZ-007ガッデス――私の機体。 パイロットスーツに身を包み、その水色の体躯を見上げながら、私は思う。出撃までもう間もなく。僅かな期間とは言え行動を共にした人達に、愛した男に、私は、これからこの機体で刃を向ける。 (ライル、)。あの場所で過ごした時間を思い返すとき、やはり最初に浮かぶのはあのひとの顔だった。私が愛したひと。私を愛してくれたひと。確かに愛し合っていたのに、私は今でも愛しているのに、それなのに。どうしてあなたは人間なの。どうして、私はイノベイターなの。どうして。どうしてどうしてどうして。 ぐるぐると巡る思考に果てはない。そして、そんな不毛な思索に耽っている間だって、時間は歩みを止めてはくれない。(私にやれるだろうか)(……いいえ、やらなければ)(もう戻れないの)。出撃まで、もう間もなく。 「アニュー?」 思考に没頭するあまり、近付いてくる気配に気が付かなかったらしい。声をかけられてようやく、私の意識は現実に引き戻される。そうして振り返った先には、いつからそこにいたのか、小柄な影が立っていた。 「なまえ」。私は咄嗟に彼女を呼んで、笑顔をつくる。それでも、いつもならうれしそうに顔を綻ばせる彼女が、今はきょとんと小首を傾げたままで表情を変えない。その視線はあまりにまっすぐで、目を逸らしたいような落ち着かない衝動に苛まれる。そんな私を余所に、やがてなまえは納得したような声を上げた。 「……そっか。大切なひとがいるんだ。だから、戦いたくない?」 「まさか、」 私は即座に否定した。「あんなの紛い物の感情よ」。まるで自分に言い聞かせるように、後悔と未練を断ち切るように。 そうよ。だって私はイノベイター。こんな感傷は偽物。私はあのひとを利用していただけなのだ。 「情報を得るために近付いただけで、」 「うそつき」 けれど、自分を納得させようと無理矢理にこじつけたそんな理屈は、なまえのひどくシンプルな一言にあっさりと挫かれる。 「アニューだって知ってるくせに。嘘吐いたって、すぐにわかるの」。なまえが小さく苦笑を漏らす。嗚呼、そうか。そうよね。だって、私達はイノベイター。脳量子波でつながっているんだから。でも、だからこそ。いつまでもこんな感情に引きずられていることなんて、きっと赦されない。 「そんなこと言ったって、ここが私の居場所なの」 「わたしだって、アニューが帰ってきてくれたのはうれしいよ。でも、アニューが本当にいたい場所はここ? 違うよね?」 「なまえ? ねえ、さっきから何を言っているの? 私はイノベイター。ここ以外に私の居場所なんて、」 「イノベイターとかニンゲンとか、多分、関係ないよ」 「馬鹿なことを言わないで。私達は人間とは違うわ」 だって私はイノベイター。人間とは違う。あのひととは違う。だから、私はあの場所にはいられない。 それなのに、どうしてこの子は、私の心を乱すようなことばかり言うのだろう。もう戻れないのに、諦めてしまえばこれ以上傷付かないで済むのに。楽になれるのに。どうして。 どうして、あなたが泣いているの。 「ねえ、アニューのすきなひとは、どんなひとだった? アニューがイノベイターだからって、違うからって、嫌いになるような、ひと?」 (「……いいえ、」)(どんなに馬鹿らしくてもみっともなくても、それでも私は、) 愛は美しいだなんて愚かな勘違いは 終わりにしましょう? title:選択式御題 20110504 |