※微えろ…?


 頭の中が真っ白になって何も考えられなくて、はしたない嬌声をあげながら馬鹿みたいにあなたの名前を呼び続けるわたしに向ける、余裕のない表情が、すき。

 ふと目を覚ますと、部屋の中はまだ真っ暗だった。そのことにわたしは少し安堵する。朝は嫌いだ。朝陽が昇ればこのぬくもりを奪われる。今はまだわたしを抱きすくめて眠っているこのひとは、どうにも有能すぎて忙しないのだ。
 グラハムさんは空が好き。フラッグが好き。それから、今はガンダムに夢中。
 もう子供ではないのだから、それらに向けられた感情とわたしに対するそれが同列だとはさすがに思っていない。けれど、それでもなんとなく足りないと感じている辺り、やっぱりどこか大人になりきれていないのかもしれないとも思う。
 だって、例えば、このひとが死んでしまうとき。グラハムさんは軍人で、わたしはそんな彼に望む機体を与える立場。想像なんてしたくないけれど、その瞬間はいつ訪れたっておかしくはない。
 そして、おそらくこのひとが息絶えるとしたらそれは空でのことだろうとわたしは半ば確信しているから、もしもわたしが空だったなら最期まで見守っていられるのにとか、このひとの駆るフラッグだったなら誰よりも傍にいられるし何より一緒に滅茶苦茶になってしまえるのにとか。ああでも、わたしがわたしだからこそこんな風にくっついたりキスしたりできることを考えると、一長一短か。
 それなら、と。わたしはわたしの特権を活かして、これ以上なんてないくらいにぴったり寄り添って、グラハムさんの首筋に唇を這わせる。ついでに、わたしのものだというしるしでも残しておこうかと思ったけれど、「なまえ、」。目を覚ましたらしいグラハムさんに名前を呼ばれて諦める。このひとの眠りは浅いのだ。

「何をしていたのかな」
「……なんでもない(ただあなたがすきなだけよ、)」
「嘘を吐くのか? 悪い子だ」
「だって、その方が構ってもらえる」

 起き抜けの少し掠れた声にぞくぞくする。澄んだ翡翠の瞳にどきどきする。駄々っ子のようなわたしの言葉に返された溜息を吸って生きたい。こうして我儘に呆れられている間は、確かにこのひとはわたしだけのものだから。

「……全く、君は……。仕置きが必要だな」

 そう言う割に、グラハムさんの表情は穏やかで、慈しむようで、なんとなくこそばゆい。その視線から逃れたくて身じろぎすると、「なまえ」。もう一度わたしを呼ぶ甘い声。腰を這うてのひら。それだけでわたしは一切の抵抗ができなくなってしまう。このひとは、どうしたらわたしが言うことを聞くかをよく知っている。
 (ずるい)。ささやかな意趣返しのつもりで、わたしはわかりやすく不機嫌な顔を作ってみせる。すると、なだめるように、額、瞼、鼻先と順番にキスが落とされて、そして、最後には唇と唇がぶつかった。けれど、舌先が触れ合った瞬間、名残惜しむこともなくするりと逃げてゆく。(……自分は我慢弱いとか何とか言うくせに、)。
 「あのね、」。どうしようもなく焦れたわたしは、それでも何でもないフリをして、このひとを煽るだけの言葉を吐き出した。

「グラハムさんのこと以外、何も考えられなくなりたい」


(自由に空を飛び回るあなたがすきなくせして、地べたに縛りつけておきたいと願うわたしを ゆるして)



とある夜と朝の狭間の僅かな時間の 出来事
title:選択式御題
20110321
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