何気なく立ち寄った展望室には先客がいた。「あ、ロックオン」。目が合って、エンジニアやらメカニックやらを兼務しているらしい少女が俺を呼ぶ。名前は確か、「なまえ、」。同じように俺も彼女を呼ぶものの、そこから先、言葉が続かない。
 俺はなんとなく彼女が怖かった。年下の、しかも女の子相手にそんな風に感じるなんて情けないとは思うが、それでも、彼女の透き通った瞳は何でも見通してしまうような気がして落ち着かないのだ。
 けれど、だからと言ってすぐさま踵を返せばあからさまに避けているようで気まずいし、かと言ってこのまま黙っているのもそれはそれでつらいものがある。俺は何か話題をと思って口を開き、「ここでの兄さんはどんなひとだった?」。自分で自分の言葉に驚いた。なんでわざわざ兄さんの話なんか。
 なまえも、彼女は彼女で一瞬きょとんと首を傾げ、それからしばらく考えて、やがてゆっくりと返答を紡いだ。「みんなの兄貴分って感じかなあ」。穏やかな表情とは裏腹にその声は平淡で、どこか他人事のように響く。
 事実、なまえは他のクルーと兄さんの話はしても、自分と兄さんの関わりについては不自然なほどに何も話さなかった。

「だから、みーんなあなたを見て驚いた」
「君はそうでもなかったみたいだけどな」
「だって、全然違うもの。あなたはニールじゃないし、ニールだってあなたじゃない。ニセモノですらない、全くのベツモノだわ」
「…………」
「それに、あなたもつらいでしょ? そういうの」

 それでもなまえは兄さんを、ニール・ディランディという人間をよく見ていた。そしてそれは、何も兄さんだけに限ったことではないらしい。
 けれど、その歯に衣着せぬ物言いは、強がりや俺への気遣いでは有り得ないと、直感的にそう思った。それは俺が何よりも求めていた言葉には違いないが、続く言葉に切実な現実と痛みを伴いすぎていたからだ。

「何より、あのひとはもういないのよ。……絶対に帰ってきてくれないの」

 それでもなまえは笑っていた。泣き出しそうな顔をしていながら、口元だけは綻ばせて、まるでそれが責務であるかのように。
 「……なあ、」。俺はもう一度同じ問いを口にした。「兄さんはどんなひとだった?」。もしもこんな出会い方でなければ俺の『何か』になってくれたかもしれない彼女の目に、兄さんは一体どんな風に映っていたのだろう。

「君にとって、」
「ただのうそつきよ」

 少しも迷うことなく彼女は言った。
 なんとなく、ひどく美しい言葉が紡がれる気がしていたから、面食らった俺は相槌すら返せずにただ瞳を瞬く。そんな俺に構うことなく、なまえはもう一度、独り言のように小さくゆっくりと声を落とした。「とても優しく残酷な嘘を吐いたひと」、と。


(「……泣いてる、のか?」「それはあなたでしょ?」)



笑って笑って、泣いて、
title:Amarige(現在はお題を配布されていません)
20110320
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