日生光と偽っていた彼は、あの夜、この町を後にしました。彼はお伽噺に出てくる理想の王子様を描いたような人でした。けれどどれだけ綺麗に飾ろうと幻想は崩れるのでした。単なる追随など彼の生きていく為の一瞬の利益確保の虚偽でしかなく本物には勝り得ないのです。しかれども誰も"彼"ということに気付かないのであれば彼は"日生光"として、ずっとここにいたのでしょうか。今となってはもう知るよしもありません。

―彼が居なくなってしまった。
本物を映す鏡のような彼は海の向こうへと消え去った。日生光を演じていた"彼"の名前を、彼の境遇を私は知らない。別れの時まで彼のことは知らなかったが『貴方』としか呼べなかった彼のことが知りたいのだ。彼がこの町を後にしたあの夜、何故か触れたくて何故か触れられなかった夜、何も出来ずにいた自らの手は少し冷たく虚しく思えた。波の音が索漠と聞こえ込み上げてくる淋しさや身を切られるような思いを段々強くさせて。彼は去ったはずなのに、まだこの町のどこかにいるように思えて、図書館に足を運び、読書をしていたら話しかけてくるのではないかと沈潜する。知らぬ間に彼のことばかり考えていた。こんな時、あんな時、彼なら、と推しはかる。

そう、もうきっと貴方がいない日常で私が息をすることはできないくらいに。

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