渡そうと思えば渡せたのかもしれない。私にちょっとの勇気がなかったから、せっかく作ったチョコレートが今も私の鞄の中に。はあ、吐いた溜め息は白く濁る。天気予報は雪、まだまだ寒さの続く二月半ば、男鹿が帰ったのなんてもう一時間も前なのに、未だ学校の玄関から立ち去れないでいた。 戻ってくるのを期待してる訳ではない。チョコレートに、応援してくれてるみんなに申し訳なくて何となく足が重くて帰れないだけ。 「邦枝じゃねえか、何してんだ。」 もう一度、溜め息を吐きかけたその時、背後から聞き覚えのある声がした。しかしそれは、今一番会いたくない人だった。 「…東条こそ、こんな時間まで残ってるの珍しいじゃない。」 「窓から暗い顔した邦枝が見えたからな、いつまでいるのか観察してた。」 「っ!」 振り向かないと、東条の表情を伺うことは出来ない、しかし。振り向いてしまうと、私の表情も見られてしまう。きっと泣き出してしまいそうな、この顔を顔を。 「男鹿なら戻って来るぞ。」 「っ、どういう意味よ。」 「暇だから、邦枝が待ってるぞって連絡した。」 「っ、」 かつん、かつん、足音はどんどん近付いて来て、そして私を追い越した。振り返ることも、私の顔を見ることもなく。溢れそうになる涙を必死で堪え、東条を追う。 だが、足音に反応したのか「来るな。」と低く言われてしまった。空からはふわふわり雪が舞う。 「男鹿と幸せにな!」 「!」 再び動けない私と、振り返って満面の笑みを浮かべる東条。流れた大粒の涙は、雪だということで、誤魔化しきれるだろうか。 ←→ |