Base
2012/11/11 11:00

それは憧れから始まった。
俺も彼のように絵が描けたら楽しいだろうなと思って。魔が差したんだ。ああ、俺は、とんでもない勘違いをしたんだ。考えてみればわかるはずだった。俺なんかに、彼のような絵が描けるはずもないのに。訳のわからない希望を胸に、創作活動に打ち込んだ。どうしてかその時の俺は彼のような絵が俺にも描けるようになるって疑いもしなかった。
とんでもない馬鹿野郎だ。

*****

「人は言うよ、絵が上手だよねって。漫画家になれるんじゃないかって。無責任に何も知らないで、俺の気持ちを揺さぶるんだよな」

教室の机に倒れこんで俺は呟く。徹夜明けの太陽はまぶしくて嫌になる。

「あーあ、なんで俺ってこんなにひねくれてんだろ」

「なぜ、その答えを俺に聞く?」

「学年一秀才の王子様ならわかるかしらっていう、凡人の考えだよ」

「……お前な」

さらさらの髪の毛を揺らして、王子はさびしそうな顔をする。俺はなんでお前がそんな顔をする必要があるんだと言ってやりたい。

「とりあえず」

「とりあえず?」

俺が聞き返すと王子は笑って「お前の家に行く」と言った。まじで?

*****

下校中、相変わらず徹夜明けにキツイ太陽に照らされる。そして、そのうえに、俺の隣にはきらきら光る王子様。眩暈がする。
何がいけなかったのか?

(きっと、また、魔が差したからかも)

自分のもやもやした気持ちを誰でもいいからと、たまたま俺の目の前に座っていた王子に話してしまったせいだ。俺の馬鹿。仲良しじゃないからって、油断して話すから、こういう意味のわからない展開になっているんだよ。なんで俺が王子を家に招待しないといけないんだよ。ていうか俺がいやだって断ったのに。
こいつ平然と輝かしく笑顔でついてくるし。

「あのさ、俺の家、本当汚いし、俺の絵って見てもつまらないぞ」

「そうか?」

まだ見てないからわからないな、と王子は言う。そんなの見なくても、わかるだろ。こんな俺が描くもののどこに価値があるんだろう。ただの、下手の物好き。そのくせに上達したいと考えている大馬鹿野郎。夢見るなって自分に言い聞かせても、俺は夢を見る。いや、妄想か。妄想するんだ。俺の絵が、素晴らしいものになることを。

*****

「すごいじゃん」

王子は俺の絵を見てぼそっとそう言った。俺は少し間をおいて「お世辞はいらない」と言う。すると王子は「俺は好きだと思うけど」などと平気な顔で。

「…なに、それ」

「だから、好きだなって思った。色が淡くて綺麗。あと失礼だけど愛着を感じる。これは」

愛おしそうな顔をして王子は昔の俺のノートの絵を見つめる。

「……他のは?」

俺は最近のノートを取り出すと王子に見せる。すると「うーん。やっぱり、俺はこっちが好き」と王子は古い落書きを指差して笑う。
どういうことだ?
昔の絵よりも、最近描いたもののほうが、良いものでなければならない。

「なんで?」

そんな昔のへたくそな絵を見て言うんだよ。意味わからない。

「なんか、こっちのほうが優しいし、ほのぼのーって感じ」

「じゃあ、最近のは、どういう感じなんだよ」

*****

うーん、と王子が俺の問いに悩みだしたので、「困らせて悪かった」と捨て台詞とともに部屋を出た。俺のくだらない趣味に付き合ってもらったんだ。何か飲み物でも出してやろう。気遣い屋さんの俺は、台所に行くと冷蔵庫を開けて、飲み物を準備する。そしてコップを部屋まで運んで、気が付いた。王子は勝手に俺の家についてきたんだ。別に俺が気を使うことなんて何も…

「あ、お帰り。考えがまとまったから、話してもいいか?」

「へ?」

俺はコップを両手に立ち尽くす。いったい考えがまとまったってどういう意味さ。
とりあえず、俺は王子にコップを突き出す。王子はさわやかに「ありがとう」と言って、俺の手を握ってから「あ、ごめん」とコップを受け取った。

「考えがまとまったって、何が?」

「ああ、最近の絵より、昔の絵が見ていて楽しい気分になる。最近の絵はこうなんていうのか、焦るっていうか切ないっていうか、苦しい?みたいな感じがする」

「ふぅーん」

何でもないふりをして頷きながら俺は心のどこかに思い当たる節がある。それは、最近絵を描いていても楽しくないってことだ。昔はあんなにも楽しかったのにな。最近は投稿サイトの素敵な絵を見ては心躍らせ、落胆する。俺の絵は下手くそで、上達しない。

「どうせ、俺は、下手くそだ」

「え? 上手だと思うけど?」

「素人が見てもわからないんだよ。この世の中にはもっとすごい絵を描く人がいっぱいいるんだ。プロアマ問わず。素敵な絵があふれている。俺の絵なんてそれに比べたらどうしようもない」

「どうしようもないのは、そういう考えじゃないか?」

「は?」

「お前が言う、すごい絵を描く人は、逆にお前の絵を描けない。お前はそういう意味でかなりすごいじゃん。お前の絵はお前にしか描けない。あと、他人と比べてもしかたないと思うぞ。だいたいさ、お前はお前であって、そいつはそいつだ。そもそもBase…基準や土台が違うんだよ。引き合いに出せるわけないだろ。もしさ、お前が誰かと比べて自分を評価したいなら、対等になれる相手でないとだめだ。するとお前と同じ条件で比べられる相手は、自分自身しかいないんだ。わかるか?」

「わからないよ、そんなこと、考えたこともないよ」

「じゃあ、簡単に言えば、他人と比べて落ち込まなくていい。比べたって、お前はそいつにはなれない。憧れたって、マネしたって、結局、そこにいるのはお前だ。お前はお前でしかない。だからこそ、俺は好きなんだ、この絵が」

「……馬鹿だと思わないの、俺のこと」

「なんで?」

「才能もないのに、こんな絵ばかり描いて。将来の役に立たないし、時間使うだけで、世間から取り残されて。キモチワルイおたくじゃんか」

「そうか、俺は好きなことに一生懸命なやつなんだと思っていたよ」

「へ?」

「でも、自分を責めないで。好きなことをするのに、苦しむことなんてないんだよ。無理しないで。疲れたなら少しペンを置くといいよ。で、また楽しめそうになったら、描けばいいんじゃないかな。お前はお前のペースでいいと思う。そんな急がなくていいだろ?」

「…………なんだよ、それ」

意味わからないよ、と言いながら、俺は泣きそうになっていた。
最近の俺は、あんなにも大好きだった絵を描くことにつかれていた。そうか、単純に楽しまないと損だな。だって、こんなにも好きなことを見つけたんだから。
それに、俺は、俺の初心はただ……


ああ、
いつの間にか、たくさんの夢が増えて溺れてしまったけども。
動機は至ってシンプル明快。
そう、俺は、絵が、描きたかっただけなんだ。


「そうだ。お前は、好きなことを単純に楽しく繰り返しやっていた。その頃のお前が一番幸せそうで、俺は憧れていた」

「は?」

*****

成績学年トップの容姿端麗の王子様が?
俺に憧れていた?
これはなんという笑い話だろう。からかうにしても、もっとリアルティのある言葉にしてほしいものだ。

「『描こうか』お前らしいサイトの名前だと思っていたよ」






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