「世界はこんなにも僕自身」
2012/07/28 21:11



 膨大で途方もないゴールを見つめると、焦りが止まらなくなる。このままじゃ駄目だ。このままの自分では、あのゴールには辿りつけやしない。頑張らないといけない。でも何をどう頑張ればいいのかわからない。どうすればいいのか、わからない。足元もおぼつかなくて、不安で仕方ない。僕はちゃんと目的に向かって歩けているだろうか?
 器用に障害物を越えて行く人に話しかけてみた。僕はどうしても彼のように器用に障害物を超えていけない。きっと才能の違いだ。僕は不器用で何をしても上手くいかない。それでも、彼のように、少しでもいいから、目の前の障害物を乗り越えて行きたいって思っていた。
「どうやったら、そんなに簡単に障害物を乗り越えられるの?」
「え? ああ……まぁ、俺の場合は、意地だな」
「意地?」
「絶対に乗り越えてやるって気持ち」
「気持ちだけで、乗り越えられるようになったの?」
 僕は聞いた。だって、そうでしょ? 気持ちだけで障害物を乗り越えられるなら、僕だって簡単に乗り越えられるようになっているはずだ。だって、僕はどうしてもこの目の前にある障害物を乗り越えて行きたいんだから。
「あー、正確には、絶対に乗り越えてやるぜって気持ち」
「それなら、僕だってあるのに」
 あるはずなのに、僕は上手に進めていない。此処で立ち往生している。
「……そんな顔していたら、乗り越えられるものも乗り越えられないと思うぞ」
「え?」
 彼に突然そんなことを言われて驚いた。どういう顔を僕はしていたんだろう。僕が変な顔をしているから、僕には障害物を上手に乗り越えられないんだ。僕が駄目だから、何をやっても上手にできないんだ。僕が、いけないから……
「馬鹿」
「い、たぁ」
 思いっきりデコピンをされて僕は声をあげた。だってそうでしょう。いきなりされたら驚くでしょう。
「悪い悪い。そんなに痛くしたつもりはなかったんだけど。痛かったか?」
「いえ、そんなことはないです!」
「よかった。お前、そんな顔もできるじゃん」
「え?」
「ずっと歯を噛みしめて下を向いて、泣き出しそうだったのに。顔をあげると可愛い顔してる」
「はああああ!?」
「あ、その顔もいいね」
「……………」
 率直に彼は僕の顔を見つめて言葉を発するから、僕はどうしたらいいのかわからない。また黙り込んで俯いてしまう。すると彼は僕の頬に手を添えて、優しく上を向かせた。
「俯かない。考え込まない。考えても君はネガティブになって自分の可能性を潰すことしかしないんだから」
「?」
「気付いてあげて。君は自分を縛りつけているんだよ」
「……」
「変なこと言う人だって俺のこと思ってくれてもいいから。せめて最後まで話を聞いてくれ。いいか。失敗することを考えてもいいが、失敗することしか頭にビジョンを描かないと、成功の仕方が君の脳みそは理解できない。失敗する可能性と同じくらい君は君自身に教えてあげないといけないことがあるんだ。成功した時のこと、考えなさい。失敗した時のことばかり考えている君が障害物を前にして思うことは『できる限り無難に乗り越えよう』ただそれだけだよ。いいかい。君は『絶対に乗り越えられる。仮に失敗しても、君は対処できる』怖くないよ。ほら、描いてごらん。君が障害物を乗り越えて行く姿を。その時に見えるもの、その時に聞こえるもの」


 ぐらっと、視線が揺らいで。
 ぶわっと、涙がこぼれて。


 優しく彼の手が僕の頭を撫でた。辛かったね。もういいんだよ。声ではなく、彼の温かい手が教えてくれた。僕は涙を拭いて顔をあげる。すると世界が僕にぶつかりそうな程、近くに居た。
「わかった?」
「はい」
「君は挑戦することからは逃げなかった。確かにそれはすごいことだった。でも、ね、苦しいだけの人生なんて送らないでよ。そこに希望はないだろ。楽しくないだろ」
「そう、でしたね」
「あ、でもさ、心配性、後ろ向きは悪いことじゃないぞ。それも一つの個性だし、その考えは役に立つ。だから、それを武器だと思って手にしてさ、希望を描いて走ってくれよ」
 楽しまないと損だよ。楽しむって難しいけど。世界を広く、感じれば、君にもできるって、彼は言ってくれた。
 なんてことだろう。そんなことできたら苦労しないんだよって、言いたい。でも言わない。去っていく彼の後ろ姿に、僕は笑った。笑えてきたんだ。


「ありがとうございます」


 届かない声で言った。
 僕はいつか彼の速度に追いついて、ギュッて彼のこと捕まえて、お礼を言いたいって思った。これも一つの希望ですか?






fin



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