初めてのチュー
2012/04/22 23:29
「ねぇ、お兄ちゃん。どうして人は働かないといけないの?」
久しぶりに訪れた近所のお兄ちゃんの家。僕はそわそわしながら、クッションを抱きしめてお兄ちゃんの隣に座っている。
「信くん、急にどうしたの?」
「どうもしないよ。ただ、お兄ちゃん、お仕事疲れて帰ってきているから、どうして働かないといけないのかなって……」
「俺が疲れて帰ってきているところ、見てたんだ?」
「ち、違うよ。たまたま、窓から見えて、たまたまだよ?」
眠たいのを我慢して残業帰りのお兄ちゃんを見ていたなんて、ばれたら恥ずかしいから、僕は頑張って否定する。
「本当に、たまたまなの!」
「いたっ…」
「あ」
しまった。僕、勢いに任せて、お兄ちゃんのお腹殴ってしまった。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ。大丈夫だから。信くんは照れたら、いつもこうだし」
「べ、べつに、僕、照れてなんていないよ!」
「そう? 顔真っ赤にして、普段おとなしい信くんが、大きい声出しているのに? 本当に照れていないの? ん?」
「……照れていない」
「そう」
「笑わないでよ、恥ずかしいでしょ!」
「痛い。また殴られた。というか、信くん、今恥ずかしいって認めたね」
「ち、違うよ」
「違わない」
「……」
「本当、信くんは可愛いね」
「え?」
さらっと言われた言葉に僕はギュッと胸を掴まれたような気持ちになった。
何、これ?
ドキドキする。
「お兄ちゃん、僕ね、最近、おかしいの」
「何がおかしいの? お母さんやお父さんに言えないようなこと?」
「……うん」
「どういうこと?」
「僕ね、僕、その、お兄ちゃんとチューする夢見たの!」
「え?」
「おかしいよね。どうしてなのか、わからなくて、ずっと考えているの。でも、わからないの。だから、お兄ちゃんなら、わかるかなって思って」
もじもじと僕はクッションを抱え直す。
恥ずかしくて溶けてしまいそう。
「信くん」
「え?」
「お兄ちゃんも見たことあるよ。信くんとチューする夢。だから、おかしいことじゃないよ?」
「そうなの?」
「そうだよ。どうして信くんはおかしいって思ったのかな?」
「だって、チューは、女の子と男の子がするもの、なのに……」
「信くん。違うよ。チューはね、好きな人とするもの、なんだよ?」
「す、好きな人…っ!」
「そうだよ、知らなかったの?」
「知っているよ、そんなこと、常識だもん」
あ、僕の馬鹿、見栄張って嘘吐いちゃった。
どうしよう。どうしよう。
早く、謝らないと。訂正しないと。
「じゃあ、信くんは俺のこと好きかな?」
「え、え、えと」
「俺は信くんのこと好きだけど」
「僕も、お兄ちゃんのこと、好きだ、よ」
「じゃあ、チューしてみる?」
「え、えええ、えと」
「嫌かな?」
僕が慌てているとお兄ちゃんは悲しい顔をする。
僕は、お兄ちゃんにそんな顔して欲しくない。
「い、嫌じゃないよ! チューくらい、平気だもん!」
「へぇー…信くん、チュー平気なんだ」
「え、あ…!」
つい強がったことを言ってしまって、僕は……
「じゃあ、そんな信くんには大人のチューしてあげる」
にっこりと笑ったお兄ちゃん。
だけど、僕の知っているお兄ちゃんじゃない。
怖いよ、怖いよ。
そんな食いつくような目で見ないで…。
「やだぁ……怖い、お兄ちゃん、怖いよ」
「信くん?」
「ごめんなさい。平気じゃない。僕チューしたことないから、上手にできないよ。わからないよ」
もしもチューして僕が下手くそでお兄ちゃんにガッカリされたらって考えると怖くてしかたない。
「嫌われちゃうよ……」
堪え切れなくなって僕は泣いてしまった。
ガキだ、ガキ。
もっと大人になるって決めたのに。
お兄ちゃんみたいになるって。
「ごめんなさい」
「信くんが謝ることなんてないよ。俺こそ、ごめんね。信くんが、チュー平気って言ったから、俺、焦っちゃってさ」
「え?」
「俺さ、ずっと信くんとチュー出来る日を待っていたんだよ?」
「なんで、お兄ちゃんが?」
「好きだからだよ?」
「なんでぇー…」
「ごめんごめん。怖がらせたね。ほら、もう何もしないよ」
「お兄ちゃん、僕、僕ね、上手にできないけど、チュー、お兄ちゃんとしたいよ。教えて」
「信くん?」
「僕、僕、何も、上手にできないけど、お兄ちゃんにガッカリされたくないの」
「充分だよ。信くん」
「え?」
「お兄ちゃんはね、ずっと昔から信くんのこと好きだから。今さら、ガッカリすることなんてないよ?」
「お兄ちゃぁあん」
「ほらほら、泣きやんで。笑って。俺の目を見て」
「うん」
「そのまま、目を閉じたら、駄目だからね」
「やだ、恥ずかしいよぉ……」
「恥ずかしくていいんだよ。信くん」
「あ、やだ!」
「本当に嫌なのかなぁ? チューしたくないのかな?」
「ごめんなさい、やじゃないから、して?」
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