ふたしずく
2012/03/15 22:09
世界がパッと輝いた。それは初めての感覚で俺は泣いてしまいそうになった。原因は、スーツ姿のいかにも仕事できますっていう年上。ありえないって俺は思った。どうして男の俺が、男のそいつに生温かい感情を抱くんだろうと。気持ち悪いにも程がある。
「…………」
助けてくれ。
連絡先を交換してしまった。
流されたとしても、やってしまった。つい、困った時にそいつの情けない顔が頭をよぎって頼ってしまう。こんなもの、こんなもの。何度、彼の携帯番号を消し去ってやろうとしたことだろうか。何度、思うように消すことができなくて辛い思いをしただろうか。一度それのせいで俺は泣きながら、彼に電話してしまったし。最悪である。
「月何万円渡せばいい?」
本当、最悪である。
彼が俺のことを好きだと言った。俺は嬉しくて、でも、怖くて素直になりきれなかった。その結果がこれである。女なんて全員切った。だって、こいつと付き合うって思ったら、みんないらなくなった。なのに、俺の行いを知っているこいつは俺と付き合うことは何かしないといけないんだと思いこんでいる。金なんていらない。
「お前からはとらない」
「他の子からはとるのに、俺のは欲しくないの?」
「あのな……」
察しろよ、馬鹿野郎。いくつだよ、お前。
二人しかいないコンビニでレジの机を挟み、まるで援交のような会話。悲しくなるわ、俺でも。
「好きだから、付き合ってるんだろ?」
「うん。俺は君のこと好きだけど」
「…………」
どうしよう、こいつ。
日本語が上手く通じない?
いや、俺が日本語下手なのかもしれない。
「お金とか、利用とか、関係なく、傍にいたいんだ」
「ええええええええ!!」
「お前は、俺が、俺が、素直になったのに!」
ありえない、こいつ。
そんなに驚くことじゃない。
「違うよ、違う。嬉しくて、つい。奇声」
「……そう」
「うん。そう」
「……じゃあ、と、いう、ことだから」
「冷たいよ。好きなら、甘えてよ」
「営業中ですので、お客様。申し訳ありませんが、わたくし、業務の方に戻らせていただきますね」
*****
本当は、嫌ってくれたらいいと思っていた。
俺の目の前に二度と現れなくなればいいと思っていた。
本気で、好きになっている分、振られるのは、嫌だった。
だから俺はあえて悪い子ぶった。
それでも彼は俺のことを好きでいてくれた。
だが、しかし、俺、実はそんなに悪いことしていないし、悪い子でもない。
もしかしたら、彼は俺が遊んでいると思って、そんな俺が好きなのかもしれない。今さら言えないが、俺は、いや俺も童貞だ。
キスしたこともないし。
更衣室で制服を脱ぎながら、落ち込む。
こんなことなら、ずっとツンケンして彼を突き放す態度をとっていたらよかった。付き合い出して、ますます好きになってしまった俺はどうしたらいいんだ?
今から、いつか振られるんじゃないかって怯えている。
「…………」
落ち込むな、俺。
外であいつは待っている。ほら、いつも通りを用意して。
*****
帰宅路、彼は急に「何かあった?」なんて聞いてくる。あるに決まっているだろう。好きな人と歩いているんだから、緊張するし。
ああ、もう、どうしてわからないかな、この鈍感。
「なぁ、お前って一人暮らし?」
「うん、一人暮らしだけど?」
「家行ってみたい」
「いいけど、来ても面白いものないよ?」
「構わない」
行きたいって言ってんだから、もう少し喜んでもいいんじゃないの。むかつく。どうしてこんなにも俺が振り回されないといけなんだ。こいつは、自分ばかりが俺に振りまわされていると思ってやがるが、違うぞ。
「…………」
どうして付き合うことになったんだっけ。
俺はただのフリーターだし、こいつは大企業に勤めておれられる正社員だし。どうして、なんで。俺なんかの何処、好きになったの?
もしかしたら、からかわれているんじゃないかと、被害妄想。馬鹿のは俺かもしれない。
「あのさ、お前、どうして俺なの?」
「うん?」
「ひどいことたくさんしただろ」
「されたなぁーでもいいよ」
「どうでもいいってこと?」
「まさか、君の我儘ならっていう意味だし」
「……たらしが」
「ええ、俺、たらし?」
「ああまじで、簡単に女作れるよ」
あ、しまった。憎まれ口。
「ごめん。悪気はない」
「いや、次言ったら怒るよ」
「…………なんで?」
いつもヘラヘラして「いいよ」と言うくせに。
「当たり前じゃん。俺が好きなのは君だけなのに、不謹慎なこと言わないで」
「わ、悪かったな」
「いいよ」
「あの、さ、俺の何処が好き?」
「初めは顔。次に肌。仕草。でも、今は、わからなくなった」
「わからなくって……」
「じゃあ、聞き返すけど、俺の何処が好き?」
「え、と……」
どうしてなんだろう。俺、こいつの好きなところわからない。
「答えられないでしょ。一緒だよ、俺も」
「うん」
「理由とか理屈とかいいじゃん。両想いってことだけわかればさ」
「そうなんだけど……まぁそうだな」
それでいいんだよな。俺はくすくすと笑った。おかしい。
「あのさ、君、俺の部屋に来て、その笑顔やめてくれよ?」
「え、なんで?」
「押し倒さない、保証ができないかもしれない」
「別にいいけど?」
「物足りないって言われたら、泣くから、その準備してから、いい?」
「言わないし。俺、も、童貞だし」
「嘘だろ!」
「騙された方が悪い」
「いや、でもそうなると俺知識ないし、君に教わってヤるつもりでいたし」
「知識なら、あるよ、俺」
「なんで!?」
お前に惹かれた日から、興味本位で調べていただなんて言えないけども、伝えたほうがいいのかもしれないと思った俺は、そのことを説明した。すると奴は顔を真っ赤にしてしばらく動かなくなってしまった。俺のせいではないぞ!
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