ひとしずく
2012/03/15 22:09

顔がすごく好みだった。透き通るような肌や、何処かあどけない仕草も、愛おしかった。ベタ惚れだった。
しかし、告白はしていない。そもそも男同士だし、そいつにはたくさん女がいる。報われないとわかっていたのに、俺は偶然を装って彼のバイト先に通っては話しかけ、とりあえずは連絡先を交換し、彼に利用される程度には、仲良くなれた。それで充分だとは、言いたくないが、これ以上どうにもならないと思っている。
まぁ、見ているだけだった人と、繋がりを持てたんだ。いいんじゃないの。俺。すごいんじゃないの、俺。



*****


仕事帰りに、彼の働いているコンビニへと向かう。今日も『お疲れ様』と彼に言って缶ビールでも買って帰ろう。駅からは遠く不便なところにあるコンビニには、いつも客が少ない。あわよくば、二人っきりってこともありえるんじゃないだろうか。て、二人きりの時の彼は携帯をいじりながら、適当に俺に接客してくるんだよな。まぁ、これも、心を許している証拠なのか?

「でも、貼り付けた営業スマイルより可愛いかもな」

つまらなさそうな瞳で溜息を吐く彼を思い出していると、自宅とは正反対の位置にあるコンビニが見えてくる。俺は微笑んでしまう。きっと、傍から見たら不審者だろうな、俺。別に誰になんて思われようと構わないが。

「いらっしゃいま……また来たわけ」

コンビニの扉を開くと、彼は極上笑顔を向けてくれたが、俺の顔を識別した瞬間に、溜息をついた。
そして携帯を取り出し、いじりだす。わかりやすい。今、客は俺だけか。
まぁ、だからと言って、何かを話しかけたり、できないんだけどな。うっとうしがられたら、俺、本気で泣く勢いだし。
トボトボと俺は缶ビール置き場に向かう。銘柄にこだわりはなく、今日の気分で適当に手にとってレジに運んだ。すると彼は瞬きをして「これ、チューハイ」と言った。
しまった。彼のことばかり考えていて、ビールと間違えて、可愛いチューハイ持ってきてしまった。でも、さ、慌てて変えに行くのも恥ずかしいし、いいか、たまにはチューハイでも。

「いえ、今日はこれで」

「ふぅーん。女でも出来たの?」

「え?」

いつものことながら瞳を伏せたまま聞いてくるから、何処か、俺は期待してしまう。彼がすねた顔をしているのは通常だけど、まるで俺がチューハイ買うことに拗ねているようにも見えて。はい、妄想だとはわかっています。でも、時々こうして楽しい妄想しても罰は当たらないと思うな。うん。

「何、ニヤついてんだよ、気持ちわりぃー」

「別に、俺、浮かれてなんていないよ?」

「浮かれて、血迷って、振られろ」

「嫌だ。俺、振られるのだけは嫌だ!」

だから、君に告白しないんだよ。絶対、振られるのはわかっているから。

「どうしたら、嫌わないでくれる?」

「は? 聞き方おかしんじゃない? まぁ、彼女に振られたくないなら、手軽に手を出すな。出さな過ぎても駄目なケースもあるが」

「……え?」

「どうしたんだよ、童貞かよ」

「童貞って何?」

「うわぁー引く。お前いくつだよ。知らねぇのかよ」

「知らないよ。どういう意味?」

「セックスしたことない男のこと言うんだよ」

「駄目だよ、せ、せく、セックスだなんて言葉使ったら」

「お前、何処の女子だよ。ていうか、今時、そういう反応する女も少ないよなぁー」

面白くないよ、と言いながら彼は携帯を顎にぽこぽこ当てて天井を見上げる。

「お前、振られたくなかったら、変にものわかりの良い態度やめたほうがいいかもな」

「どうして?」

「俺に対してもそうだけど、言いなり過ぎるのもどうかと思うよ」

「何故に!?」

「物足りない感じになるんじゃない?」

「そうか……でも振られたくないし、この距離感でいいと俺は思っている」

「へぇー。でもヤりたいって思わないわけ?」

「お、おおお思うよ。でも、でも、そういうのって俺の勝手だし」

「勝手でいいじゃん。ていうか、お前はお前だろ。人は自分勝手にしか、誰かのこと愛せないよ」

「…………」

「ん、だよ」

「俺、ずっと、君のこと好きだった」

「は?」

「好きだったんだけど…?」

「冗談?」

「本気かも」

「かもってなんだよ、男らしくない」

彼はそう言うとプイッと背中を向けてしまった。そして綺麗に整頓されているタバコをいじり出す。どうしよう、可愛い。

「このチューハイ、君のこと思っていて持ってきてしまったんだ。変な誤解されたままなのは嫌だから、言うけど」

「誤解したままにしておいてくれたらよかったのに」

「え?」

「お前は馬鹿だから、言わせてもらうけど、俺には何人も女いるし、みんな貢いでくれるし、ヤりたい時はヤらしてくれるし、野郎のお前なんて必要ない」

「じゃあ、どうして今まで俺の車出させたりしたわけ。あの日の電話はなんだったの?」

女が一人減った時や、荷物が多くて困っている時、彼は俺に迎えに来るように連絡をくれた。俺は迷わずかけつけた。利用されているってわかっていてもそれでよかった。必要としてもらえるなら、何だってよかった。
夜中に泣きながら電話してきたことだってあった。一度だけだったが。彼の弱さも知って、またそんな弱さを俺に見せてくれたことが嬉しくて。なのに。

「恋愛対象として見てもらえないのは仕方ない。でも、君は俺のこと結構、使い勝手がいいと思っているはずだ」

「お前…」

「いいよ。ずっと都合のいい男でいい。君のために尽くさせてくれ。車だっていつでも出す。電話だっていつでもかけてきてくれていい」

「………馬鹿か」

「馬鹿だよ」

「そうだったな、知っていたよ」

「知っていてくれたんだ」

「どうして笑うんだよ」

「君に俺のこと知っていてもらえたんだって思えたら嬉しいだろ?」

「そうか、なら、付き合わないか?」

「はい?」

「何でもない」

「え、ちょっと、聞き返して悪かった。付き合うってどういう意味?」

「うわぁー引く。お前いくつだよ。知らねぇのかよ」

「知ってる」

「なら、聞き返すなよ!」

「聞き返したかっただけ」

「……そう」

「こっち向いてよ。チューしよう」

「俺、キスのことチューっていう男嫌い」

「じゃあ、キス、でいい?」

「現在仕事中でして、そういうことは就業時間までお待ちくださいませ。チューハイ一点で合計148円です」



*****


こうして俺は彼の恋人の仲間入りを果たした。めでたし、めでたし。




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