貴方は神様
2012/03/04 20:21

創造主がいるとしたら、
俺の世界に色を塗った貴方は、
まさしく、神様だと思った。

遠くから見ているだけでいい。
俺なんかが貴方の傍に立つことさえ、おこがましい。



そう思っていたのだが「いらっしゃいませ」と声をかけられてしまった。俺の馬鹿野郎。ずっと半径5メートル以内には入らないようにしていたのに、近いよ、今、俺と貴方の距離は1メートル以内!
営業スマイルが眩し過ぎて俺、失明するかもしんない。

「あ、の…どうされました?」

しまった。あまりの神々しさに、貴方を見つめたまま固まってしまっていた。
どうしよう。変な奴だと思われただろうか。いや、実際、俺、変な奴だけど貴方にだけはそういった目で見られたくないというか。て、やべぇ、一人で考えごとしていたせいで、またじっと貴方を見つめたまま固まってしまっていた。不審者じゃないんだよ、俺。クールになれよ、俺。

「いえ、大丈夫です。すみません」

「そ、そうですか」と貴方は戸惑った顔をした。可愛い。初めて見たかもしれない。そんな戸惑った顔。いや、待て、俺何を困らせているんだよ。何か何か弁解を。

「それではごゆっくり見て行って下さいね」

「あ、はい」

本日二度目の営業スマイルに俺はまた無愛想に答えた。
本当は嬉しくてしかたなかったくせに。



*****


駄目だ。思い出してロクに服を見れない。手が震える。やばい、泣きそうだ。ありえないだろう、俺。ちょっと営業トークしてもらっただけじゃないか。
信じられない。自分でも信じられないことに、俺は、恋をしている。相手は、さっきの男の店員。話したことは今日が初めて。俺の大好きなこの服屋さんに突然舞い降りた神様だ。いつもはそう半径5メートル以内に近づかないようにしている。俺は人見知りだし、遠くから見ているだけでいいと、思っていた。そう、思っていたんだが。
どうしよう。馬鹿か、俺。分かっていたじゃないか。近づいたら、もっと近づきたくなるって。だから、距離は絶対に縮めないようにしていたのに。どうして、うっかりするんだよ。うかれていたのか?
貴方が此処で働き出して今日で3カ月だからって。

「お客さん、どうされたのですか?」

「?」

ああ、また貴方が俺の半径1メートル以内に居る。しかも、俺のことじっと見つめてくれている。このまま世界が止まってしまえばいいのに。

「あの、よかったら、このハンカチ使って下さい」

「え?」

急に差し出されたハンカチに、俺は焦った。俺、泣いていた。まじかよ。ありえないんだけど、本当。

「だ、大丈夫です。お気遣いなく」

「あ、はい、出しゃばってすみません」

「そっそんな、貴方が、謝ることなんて何もありません!」

「?」

「いえ、何でも」

何でもないです。と俺は続けた。会話は途切れた。なのに、貴方は俺の前から去って行かない。俺も貴方の前から去って行けない。

「…………」

沈黙が痛い。でも、何も話すことなんてない。
いや、あるじゃないか!

「俺、此処の店が好きなんです」

俺がやっとの思いでその言葉を口にすると貴方はすごく嬉しそうな顔をして微笑む。俺は、そうやってまるで自分のことのように、このお店を愛している貴方の存在に惹かれたんだ、なんてことまでは言えないけど。

「だから、貴方みたいに一生懸命な店員さんがいて、嬉しいんです」

「俺、がいて、嬉しいですか?」

ビックリしたという顔をして貴方は言った。俺はつい「ええ、貴方がいるから、毎日通っています!」だなんて変態発言をしてしまった。やばい、引かれたかもしれない。気持ち悪いって思われたかも。でも、悲しいけど、貴方が俺のこと嫌ってくれたら、このお店に通いやすくなるかもしれない。俺がうっかりしても今日みたいに半径1メートル以内に貴方が来ることもなくなるだろうから。

「……実は俺かなりおかしい人なのです」

後に引けなくなった俺はそう告げた。すると貴方は「俺もです」と一生懸命な顔をして言う。貴方の何処がおかしいって言うんだ。むしろ貴方は俺にとっての神様だ。完璧だ。

「店員さんのおかしいところって何ですか?」

「え、と……」

「俺、貴方にすごく興味があります。話して下さい」

「あ、その、俺、普通じゃないんです」

「ええ、貴方は神様です、俺の」

「ふぇ!?」

真剣に告白すると貴方はとんでもない声を出して驚いた。ギャップ萌えってこういうことを言うのだろうか。普段の貴方は一生懸命だけど、どっちかっていうとクールで秀才っぽいイメージなのに、そんな可愛い仕草するとか。

「あ、驚かせてしまいました?」

「はい、すみません。驚いてしまって」

「謝らないでください」

「すみません」

「……何かあったのですか?」

「え?」

「元気がないような気がして……」

「いえ、そんな」

「お客様だからって遠慮しないで話して下さい。俺、ただの客で此処に通っていたわけじゃないので、何もお気を使われることなんてないです」

「俺、ちょっと日本語がわからないのです」

「え?」

「あ、生まれも育ちも日本です。なのに、日本語がよくわからない」

「…………」

「言葉のニュアンスって難しいですよね」

「そうですね」

「……どうして俺の話聞いてくれるんですか?」

「聞きたいからですよ?」

「話してもいいのでしょうか? 本当、情けない話になります」

「俺が話して欲しいって言ったのですよ?」

俺は貴方と話すのが恥ずかしいとかドキドキするだとかそんなこと全て忘れて、目の前にいる貴方の儚げな表情に夢中だった。まるで傷つき疲れたと言わんばかりの微笑みが。だから、俺に何かできることあればいいのにって、必死で。



*****


「俺、此処の服が好きでした。だから、大学を出たら、ここで働くんだと張り切っていました。誰よりもここの服を知っている自信もあります。誰よりも此処の服屋が好きな自信もあります。頑張れる自信も、あります。でも、俺、わからないのですよ。お客様の気持ちが何も。わからないのです。話しかけていいのか、話しかけるとしたらどのタイミングか。他の商品も紹介してもいいのか、したらいけないのか。どれくらいの距離感で話せばいいのか。それに、お客様が言われるご要望だって完全に答えられない。その人が聞きたい言葉が俺にはわからない」

「それは慣れるしか、ないと、思います」

「慣れる?」

「きっと場数を踏めば、雰囲気的にこんな感じだ、とか、わかるようになると思います。貴方の服のセンス、見ていたら、そう、思います」

「?」

「ストーカーって呼ばれたら、泣きたくなりますが、日に日に、ここのお店の服が貴方の色に変わって行くのを、俺、見に来るのがとても好きなんです。ずっと大好きだったと言ってもいつか人は飽きるじゃないですか。俺は、調度飽きてきていたんです。当時。此処の服が急に見ていても面白くないものになって。でも、貴方が現れた。貴方はここの服を本当に愛している。誰も想像がつかない組み合わせや、逆に忘れつつある定番コーデ、いろんなものを見せてくれた。店内だって、くまなく掃除してくれて綺麗だし、何より試着室の配置がよくなった。貴方が店長さんに怒られながらでも、あの配置に動かしてくれたこと、感謝しています。俺だけじゃない。他の客だって、ずっと」

ずっと見てきました。そう言ってしまえばおしまいですか?

「すみません、気持ち悪いですよね」

「そんな、ことは、ないです」

「え?」

「よかったですか、本当ですか。試着室の配置、俺の好みで変えました。店長さんにはかなり怒られました。非常識ですよね、店長さんの許可もなく、新人の俺が勝手にこんなことしたら、本当はいけないのに」

「いけないって誰が決めたんですか?」

「だって、普通は」

「普通って何ですか? 普通って言うのは人の数だけ存在し、一般的には、多数決で決められるものになっていますが、頭ごなしに気にすることじゃないですよ。次から合わせるようにしたらいいじゃないですか。いきなり何も知らないで誰でも彼でも、あわせられる人は自我がないですよ」

「だけど、そういうのも大切で」

「それは貴方の信念を裏切っても大切ですか?」

「それは、ない、ですね」

ふっと笑いながら貴方は溜息をつきました。

「忘れていました。俺、誰に反対されても、何があってもやりとげたいことがあったんです」

「ですよね」

「え、と」

「なんとなくそんな気がしていただけです。すみません。かなり話しこませてしまって。話して頂けて今日は楽しかったです」

ふと我にかえると俺はとんでもない話をしてしまったと、逃げ腰になる。というか、もうすでに少しずつ貴方との距離を作り、そうだ、今、出口に迎っている。

「あの!」

店を出ようとした瞬間、腕を掴まれた。半径1メートル以内だとかなんだとかそういう次元の話じゃなくなった。俺、今間抜けな顔している。絶対にそうだ。ていうか、そこの鏡に映っている俺の顔マジで悲惨。

「お名前、聞いてもいいですか?」

「俺の?」

「はい」

「俺なんかの、名前聞いても仕方ないでしょう」

いてもいなくてもいいようなイエスマンの俺。名前なんて必要ないでしょう。ただの気持ち悪い客でいい、のに、貴方は「俺が聞きたいんです」と言ってくれた。

「俺の名前は――――……」

ああ……
やっぱり貴方は俺の世界に色を生み出す神様だ。




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